第5話『……死にたいような気分ですね』
あぁ。
まったく嫌になる。
私はリヴィアナ姫様の部屋にあるソファーの上で横になりながら手で目を覆った。
あの日、あの時、もし私が起きていたなら……。
誰よりも早く私が彼らに見つかっていたなら、犠牲など出なかっただろう。
私一人が死ぬだけで良かった。
それで全てが終わったというのに。
私が呑気に眠り続けていたせいで、みんな死んだ。
彼らの狙いは私であったのに。
もしくは、彼らの襲撃にすぐ気づいて私が癒しの力を使っていれば、誰も死なずに済んだかもしれない。
エリカ様の様に。
ゲームの中で聖女として目覚めたアリスちゃんの様に。
しかし、現実に、あの場所に居たのは私で、何も出来なかったのも、私だ。
「……死にたいような気分ですね」
「それは困りますね。セシルさん」
「……リヴィアナ様」
「あら、また戻ってしまいましたね。まぁ、今は酷くお疲れの様ですから、それも仕方ない事かと思いますが」
「っ、申し訳ございません。私、このような……」
「良いんですよ。無理はしないで下さい」
私はリヴィアナ姫様に手で押され、再びソファーに身を沈める事になった。
ソファーの柔らかい感触が心地よく、リヴィアナ姫様の手は母の様で、涙が出るほどに心が落ち着いた・
「っ」
「セシルさん」
「……」
「何があったか、教えて下さいませんか? 貴女に」
「私は……母を殺しました」
「……殺した?」
「父を、友を、共に生きて来た村の人たちを」
「セシルさん。貴女の事は少し調べさせていただきましたが、その様な事など何も……」
「私が、私の力が、彼らを呼び寄せたんです!」
「彼ら……というのは、例の聖女を探しに来たという人たちですか?」
私は、震える様な記憶の中、手を差し伸べてくれた大司教の顔を思い出し、首を振った。
そうだ。
私はずっと忘れていた。記憶を混ぜこぜにして、胡麻化していた。
目を逸らしていた。
「……リヴィアナ様。私は魔法使いなんです」
「っ!!?」
「私は、この言葉の意味を知りません。ですが、リヴィアナ様の反応を見る限り、良くない物の様ですね」
「それは……その」
「良いんです。村に来た人たちも、魔法使いは生きていてはいけない存在だって言ってましたから」
私はジクジクと痛む背中の傷を思い出しながら、目を伏せた。
あの憎しみは、今も私の中にある。
目を逸らしていても、気づかないフリをしていても、私は常にそれを感じていた。
そう。私はこの世界の異物なのだ。
だから……。
「セシルさん!!」
「っ」
「一つ、話をさせていただいても良いですか?」
リヴィアナ姫様は、ソファーの近くにあった椅子からソファーに移り、微笑みながら私の頬を撫でる。
そして、真剣な眼差しで私を見据えた。
「私は生まれながらにして、強い闇の魔力を持った人間です」
「……」
「ふふ。セシル様は何のことかよく分かっていない様ですが……簡単に言えば、人の心を覗き見る事が出来る存在だ、という事です」
「っ!」
「驚いているみたいですね」
「え、えぇ……」
「セシル様の事も一度覗かせていただきました。貴女の好意を利用して、貴女の心を踏みにじりました」
「っ! それ、は……失望したでしょうね」
「えぇ」
正直に頷くリヴィアナ姫様に、私は申し訳なさで涙を一粒零す。
「セシル様」
「……?」
「何を勘違いされているのか分かりませんが、私が失望したのは、私に対してです」
「え?」
「私はこの闇の魔術と、周囲の人間よりもよく回る頭で驕っていたのです。世界の全てを手に入れた様な感覚でした」
「……」
「ですが、貴女の心に触れ、その声を聞き、己の見ている物がいかに小さな世界かを知りました。貴女が教えてくれたのです。セシル様」
「私は……」
「生きていてはいけない存在などではない。私にとって、セシル様は世界を変えて下さった人なのです」
「わたしは」
「どうか、心無い者の声に惑わされないで下さい。貴女がどの様な存在だとしても愛する人は居るのですから」
「……リヴィアナ姫様」
「リヴィアナと……いえ、リヴィと呼んでください。セシル様」
「リヴィ……」
「はい。セシルさん」
私はリヴィアナ姫様の手に縋りついて涙を流した。
母に甘えていた時の様に……。
それから、ひとしきり泣いた後、私はソファーに座りなおして、髪や服などを直していた。
だらしのない姿があまりにもみっともなかったからだが……そんな私の姿を見て、リヴィアナ姫様はクスクスと笑う。
「そんなに笑わないで下さい……」
「良いじゃないですか。可愛らしいですよ。セシルさん」
「私が恥ずかしいんです」
「私は可愛いセシル様を見る事が出来て嬉しいですが」
「……もう」
私は頬を膨らませながら、隣に座っているリヴィアナ姫様に文句を言った。
しかし、リヴィアナ姫様は笑うばかりで、反省みたいな事はしてくれなかった。
「ところで、セシルさん」
「なんですか。リヴィアナ姫様」
「……てい」
「あうっ!」
私は脇を突かれ、変な声を上げてしまった。
しかし、リヴィアナ姫様は気にせず微笑んだまま首を傾げる。
「私の事はなんて呼ぶんでしたっけ?」
「リヴィ」
「良く出来ました」
「……リヴィは意地悪です」
「そう。私は意地悪なんです。聖女様はご存じなかったかもしれませんが」
「むー」
楽しそうに笑うリヴィに私は大きなため息を吐きながら、じとーっとした目をリヴィに向けるのだった。
「まぁまぁ、そんな顔をしないで下さい」
「させているのはリヴィです」
「まぁ、確かに」
そしてリヴィは笑みを静かに深めながら、緩やかに口を開いた。
「しかし、セシルさんには申し訳ないですが、私はセシルさんが話をしてくれて良かったと思っています」
「……リヴィ。私も、リヴィの事、少しだけど知れて良かったです」
「少しだけ、で満足なんですか?」
「え?」
「私は、もっと私のことをセシルさんに知ってもらいたいですけど」
「え、いやっ! それは!」
「ぷっ、あはははは! セシルさんって本当に初心なんですね。可愛いですよ!」
「……? あっ! もしかして、からかったんですか!?」
「さて、何のことかよく分かりませんね」
「もー!」
私はリヴィに怒りながら、大きくため息を吐いた。
初めて会った時とは違い、リヴィは酷く悪戯好きな様だった。
今だって、怒っている私を見ながらリヴィは楽しそうに笑っている。
そんなこんなでリヴィと色々な話をしていた私であったが、リヴィのお兄様二人が部屋に飛び込んできたことで話は中断された。
「リヴィ! 聖女殿について話しが……! っと、聖女殿はこちらにいらっしゃったか」
「……アルバート兄様。レディの部屋にノックも無しに入るとは、どういうおつもりですか?」
「あ、いや、すまない」
「まぁ良いです。それだけ慌てていたという事ですからね。私は許してあげましょう」
「助かる」
アルバート殿下とエリオット殿下は私たちの正面にあるソファーに座ると、私の方をチラチラと伺いながら、どこか話しにくそうにしつつ、視線をさ迷わせる。
「アルバート兄様。セシルさんの事は気にせず、ここでお話すれば良いでしょう」
「いや、そういう訳にもいかないだろう」
「それほどお気になさらずとも、セシルさんは私の味方ですわ、ね? セシルさん」
静かに空気の様になっていた私はリヴィの言葉で注目され、背筋をピンと伸ばしながら何度も頷く。
しかし、そんな私を見て、微笑むリヴィの口から飛び出してきたのはとんでもない一言であった。
「ふふ。という訳ですから、セシルさんの力を利用して、愚王を排除する計画を話しましょうか」