第2話『アメリア様! 私をお救い下さい!』
あーあー。
聞こえておりますでしょうか。
私は現在ユニコーンなる生き物に乗せられ、地を駆けております。
何故こんなことになったのか。
いやぁ、私自身よく分からないところでして。
この子がどこに向かっているのか。
何をしようとしているのか。
何も分かりませんね。
ハッハッハ。
いや、マジでどうしよう!
誰かー! 誰か氏ー! 私を助けろ下さい!
私はユニコーンの首にしがみつきながら、心の中で助けを求めた。
そして……。
『何かお困りですか? セシルさん』
『あぁ! その声は! アメリアさん! はい! 困ってます!』
『ははーん。なるほど、ユニコーンが暴走しているのですね? 分かりました。お救いしましょう』
『おぉ、流石はアメリアさん! いえ! アメリア様! 私をお救い下さい!』
『お任せください!』
神は居た。
この危機的状況に、光の精霊から声が掛かり、私は感動に震えるのだった。
勿論森を駆けるユニコーンから落ちない様に気を付けながら、だ。
だが、しかし。
『はい。では体をしっかりユニコーンに預けて下さい』
『えと? はい』
『そのまましがみついて、ユニコーンさんが止まったら降りましょう』
『なるほど。なるほどなるほど!! 何も解決してないですねぇ!!』
私はユニコーンにしがみついたままツッコミを入れたが、既にアメリアさんは奥に引っ込んでおり、言葉は宙に消えていった。
いや、まぁ、別に口に出してはいないけれども。
そんなこんなで地を駆けるユニコーン君と共に森の奥深くまで来た私であったが、不意にやや大きな泉の前でユニコーン君が急ブレーキをかけ、私を泉へお放り捨てた。
あばー!?
急な水責め!?
私がいったい何をしたというの!?
「ぶっはっ!?」
そして、無様にも口やら鼻やらから水をボタボタ落としながら水から出ようとした私をユニコーン君が頭で突き飛ばし、再び水に落とす。
なんでやねん!!
殺す気か!
それから何とか格闘して、私は泉から這い上がり、木に寄りかかりながら大きく深呼吸を繰り返した。
いや、ホントに死ぬかと思った。
そして、何とか九死に一生を得た私の服をユニコーン君が口で引っ張りながら泉に落とそうとしている。
なんなの?
どんだけ私を泉に落としたいんだよ。
「あなた」
「……!」
「私に何を求めているんですか? 泉に沈められちゃうと死んじゃうんですけど」
「っ!」
ユニコーン君の顔を両手で挟みながら真っすぐにユニコーン君を見て訴えると、何故かユニコーン君はボロボロと大粒の涙を零して泣き始めてしまった。
これでは私が泣かせているみたいである。
「泣かないで下さい! 分かりました。分かりましたから。貴女の事情を聞きましょう」
私は大きく息を吐いて、一つの魔術を使う。
そう! それはこの世界における黒歴史の一つ。
妖精の様な美少女に生まれた私が、メルヘン少女になる為に編み出した力――
その名も、動物さんとお話しする魔術である。
恥っず!
まぁ良い。
私は震える体を何とか抑えながら、ユニコーン君とお話をする事にした。
気持ちを捨てろ。
どうせここには私しか居ないんだから!
「私の声が聞こえていますか……?」
私は両手を握り合わせてユニコーン君に語り掛ける。
今、私が発している言葉は人間の言葉だが、ユニコーン君にはユニコーン君の言葉として聞こえているはずだ。
そして、ユニコーン君の想いも言葉として私に伝わる。
『リリィ、またあえた』
「リリィ……? 私はセシルですが」
『リリィ、おなじ、リリィ、きえた』
「うぅん?」
『かなしい、リリィ、もう、あえない』
んー!
分かりません!!
まったく、分かりません!!
誰か―! 誰か氏ー!
あ、そうだ! そうだよ! 前にアメリアさんの妹さんがリリィっていう名前だって言ってたじゃない!?
ワンちゃんその人って事は無いの!?
『……もしかして、あの時のユニコーンさんなのですか?』
え!? マジで知り合いなの?
マジか……
『リリィ。聞こえますか? リリィ。貴女のお友達が、セシルさんを通して、貴女に会いに来ていますよ』
『ユニコーンさんが!? ユニコーンさん! ユニコーンさん!!』
私の中からアメリアさんと良く似た声が聞こえてきて、ユニコーン君に話しかける。
が、当然と言えば当然だが、私の中でどれだけ叫んでもユニコーン君に声は届かないのだ。
しょうがないなぁ。
『リリィさんでしたっけ? 体を貸すので、ユニコーン君と存分に話してください』
『え』
『このままじゃあ私、また泉に沈められてしまうので。しっかりお話してくださいね』
『え!? いや、え!? 体を貸すって、そんな! セシルさん!? セシルさーん!』
無視無視。
このままじゃあ、どうにもしようがないんだから、さっさと話をして欲しいものである。
私は自分の意識を引っ込めて、無理矢理リリィさんを外へ追い出すと、そのまま体をリリィさんに預ける。
「っ! まさか、本当に渡してしまうなんて……セシルさん。話には聞いていましたが」
『……リリィ?』
「えぇ。今セシルさんのお陰で話が出来ております。リリィですよ。ユニコーンさん。久しぶりですね」
ユニコーン君は先ほど以上にボロボロと涙を流しながらリリィさんに擦り寄った。
そして、その無事を喜ぶ様に言葉にならない鳴き声を上げる。
「本当に、ユニコーンさんには申し訳ない事をしました。あなたに会う為の時間を作る事も出来ず」
『リリィ……』
「それに、もう私はこの世界で命を終えた人間。あなたとこうして話す事が出来た事は奇跡の様な出来事です」
『……うん』
「だからお話しするのはこれで最後になりますが……私は光の精霊を通してこの世界を見守っています。それだけは忘れないで下さい」
『セシルの、なかから?』
「セシルさんだけではありませんよ。これから生まれてくる多くの聖女の中からも、です」
『わかった』
「……ユニコーンさん?」
『なら、まもる。リリィとせいじょ! まもる』
「そうですか……それはとても嬉しいです。あなたが居るのならとても心強い」
リリィさんはユニコーン君を抱きしめながら微笑み、涙を流した。
そして、ユニコーン君もまた声を上げながら誇らしげに笑う。
なんて感動的な光景なのだろう。
いや、事情はよく知らないんですけれども。
『セシルさん』
『はい』
『ありがとうございます。こんなにも素敵な時間を下さり』
『いえいえ。大した事はしてませんよ』
「……さて、どうやら君の目的は果たせたみたいですね? ユニコーン君」
『うん!』
私はリリィさんと話を終えてから再び体に戻り、ユニコーン君の頬を掴んだまま笑う。
そして、話も終わったしユニコーン君と共に聖国へ戻ろうとしたのだが……次なる問題がまた降ってきている様だった。
そう。それは泉の向こう側から。
「あれ? お姉ちゃんみたいな気配がすると思ったら、人間?」
「……えと?」
「あ、ハジメマシテって奴かな。ジーナちゃんはね。ジーナって言うんだよ。そーしーてー。お姉ちゃんの妹なんだよ」
「そうですか」
いや、お姉ちゃんって誰やねーん!
さっきから何なの!? この森!
一人くらい事情を話してくれる人は居ないんですかァー!?
皆さんこっちが事情をしっている前提で話しかけてくるんですけど!
知りませんがな! 私は何も!
「それで? 人間がこの森に何の用? 話によっては、殺しちゃうけど?」
そして、笑顔でとんでもない事をぶっちゃけられた私は再びトラブルの中に投げ込まれてしまうのだった。
退屈から外に出たいとは言ったけれども、争いが欲しいとは言ってないぞ!!
本当に勘弁して欲しい。
右手を真っすぐ私に向ける少女を見ながら私は心の中でそう叫ぶのだった。