第15話『皆、自分を守ろうと必死なのさ』(アルバート視点)
(アルバート視点)
昼間、聖女セシルと森からやってきた魔法使いの対話を目撃した私たちは、動き出すであろう聖女セシルの動向を見張っていた。
「陛下」
「あぁ。対象が動いたか。では護衛はそのまま尾行。別動隊は聖女セシルの目的地と思われる場所に向かえ。ただし、聖女セシルに見つからない様に気をつけろ」
「ハッ!」
想定通りの事ではあったが、厄介な事をしてくれると私は深いため息を吐いた。
「アルバート兄様」
「どうした? リヴィ」
「……世界が、魔法使いを受け入れる事は可能でしょうか?」
「無理だな」
「っ」
「あの少女は勿論の事、聖女セシルですら、我らが消えた後に悪意ある者達によって利用される事になるだろう。世界平和の名の下に」
「人は、それほど愚かなのでしょうか」
「まぁ、全ての人が愚か、という事はない。だが、一部の権力者が暴走すればその勢いは世界を巻き込み、やがて聖女セシルは弱き者の為に、自らを犠牲とする道を選ぶのでは無いかと思っている」
「救いようがありませんなぁ。中央の者たちは」
「皆、自分を守ろうと必死なのさ。歴代の聖女達。そして聖女セシルが世界を照らしても、未だこの世界は暗闇に包まれているからな。恐怖は人を容易く外道に落とす。ただ、それだけの話だ」
「闇に恐怖するのであれば、強くなれば良い。ただそれだけの話だと私は思いますがな」
「その様に生きる事が難しい者も居る。そしてその様な者ほど、他者を踏みつけても生きたいと願うようだ」
「困ったものですなぁ」
私は老いた身でありながらも、強者として存在しているアンドレイ皇帝の無茶に笑いながら頷いた。
まぁ、この人は無茶などと思ってはいないのだろうが。
「ならば」
「ん?」
「……ならばアルバート兄様はセシルの事をどの様にお考えなのですか?」
「以前、セシル嬢にも言ったがな。私は後二十年もしたらヴェルクモント王国から出ていく方が良いと考えている」
「セシルは、それほど弱くありません」
「いや、弱いよ。君が思う程彼女は強くない」
「っ! それは」
「そう。私はリヴィほど彼女の近くにいない。しかし、だからこそ分かるのだ。だからこそ見える。聖女セシルは君たちの喪失には耐えられない」
ハッキリと言い放った言葉に、リヴィは言葉を無くして、唇を噛み締めていた。
強い怒りを感じているのだろう。おそらくは、自分自身に。
リヴィは昔から責任感の強い子だったからな。
「でも、それなら……あの子はどこで、どうやって生きていけば良いのですか! この世界に、あの子と同じ時間を生きていける人なんて!」
「居るさ」
「……!」
「今まさに、彼女が向かっている先に居るだろう? 魔法使いという聖女セシルと同じ時間を生きられる者が」
「しかし彼女は敵対しています」
「それは人間に対して、という話だ。聖女セシルは関係ない」
「セシルが私たちを見捨てるはずがない!! そうなればあの少女とは決別する事になります」
「まぁ、そうだな。だからこそ、聖女セシルをあの少女の元へ向かわせたのだ」
「……! まさか、あの少女を捕まえるつもりですか!? どれほどの被害が出るか分かりませんよ」
「いや、戦いにはならんさ」
「え?」
私は、おそらく私だけが知っている情報を、リヴィとアンドレイ皇帝にだけ伝えるつもりで口を開いた。
まぁ、共犯者を作る様な物だな。
「聖女セシルは、光の精霊を通じて……過去の聖女と対話する事が出来る」
「知っています。呑気な顔をして、アメリア様とお話したと言っていました。まぁ、本人はアメリア様の事を理解していない様でしたが」
「そのアメリア様は、おそらく魔法使いだ」
「なっ!?」
「……それは信頼のおける情報ですかな? ヴェルクモント王」
「無論だ。出なければ半ば公式の場であるここで口にしたりはしまい。証拠もある」
「例えばそれを見せる事は可能ですか?」
「あぁ。アンドレイ皇帝は信用出来ると私は感じている。ヴェルクモント王国に伝わるモノを見せる事も可能だ」
「なるほど」
アンドレイ皇帝は深く頷くと、テーブルの上に置いてあった鈴を鳴らして外の者を呼び、何かを耳打ちする。
そして、アンドレイ皇帝の指示で外に出た者が一冊の本を持ってきてテーブルの上に置き、再び外へ出ていった。
「これはスタンロイツ帝国に伝わる文書でしてな。遠い過去の出来事を記した書でもあります」
私は大事そうに表紙を撫でるアンドレイ皇帝を見ながら、ふむと声を漏らした。
「彼女の名は、書に残す事は当時の皇帝が禁じた様ですが……残されているのですよ。森の深くに住まう、魔法使いの始祖。その姉の姿絵が」
そうして、アンドレイ皇帝がめくった書の一ページ目を見て、私は目を見開いた。
言葉を無くしてしまうのも仕方のない事と思う。
「これは……アメリア様……!?」
「聖国にあった姿絵と同じ……!」
「その通り。そしてこの書には、書いてあるのですよ。かつて世界で何があったのか。読めば、かの少女が人間を憎む理由もよく分かる」
「そうか……だが、それでも貴方はかの少女と敵対する道を選ぶのだな。魔法使いだからか?」
「まさか。その程度で我らが剣を抜くことなどあり得ませんな。かの少女が世界と戦うというのなら、我らにはそれを止める理由があるのですよ」
「……理由」
アンドレイ皇帝の言葉にリヴィは静かに頷き、言葉を向ける。
その声に応えながら、アンドレイ皇帝は少し柔らかい顔をすると、書を再び閉じて、その表紙を撫でながら語り始めた。
「そう。この書を残した者は、かつて短い間でしたが、アメリア様と同じ場所で同じ時を過ごしていたのです」
「その男は、誰よりも強く、誰よりも勇敢で、誰よりも人を愛した男でした」
「故にアメリア様の存在を知ると、その国へ行き、奪い取ってきたそうです」
「しかし、アメリア様を森へ返せば多くの民が死に絶える事を理解していた男は苦悩し、悩んだ末に、アメリア様に交渉をしたそうです」
「国と民を強くする。その間だけ、どうかこの国を見守ってくれないか、と」
「アメリア様は最初複雑な顔をしていたそうですが、何日か交渉した末に、頷いて下さったそうですな」
「そして、それから国は今の様な強固な国へと変わっていった」
「その際に、アメリア様と男が交わした約束が、森に住まう魔法使い達と共存できないか。という話であったそうです」
「大切な妹が森に居るから、傷つけないで欲しい。と」
「無論男はアメリア様を好いていたので、頷きました。しかし、その約束から数日後、アメリア様を森へ返す相談をしていた男は暗殺されたそうです」
「そしてアメリア様も再び遠くの国へ」
「その後、側近の者が皇帝であった男の意思を残すべくこの書を書き、現代にまで伝わっているというワケです」
アンドレイ皇帝の言葉を全て聞いた私は、彼の真意を全て理解した。
そうか。この人は初めから……。
「つまり、貴方の目的は」
「えぇ。太古より伝わる書にも、セシル様のご意思にも従う。それが我らの道」
「……違う者たちが傷つけあわず生きる世界」
「その通り。それを理解していただけるのであれば、我らは共に生きる同志という事になる」
不敵に笑うアンドレイ皇帝に私はすっかり騙されたなと思いながら、右手を差し出した。
「私の目的は、聖女セシルの想いを知った時から変わらない」
「無論我らも」
「……止めましょう。戦争を。あの子の憎しみは消せないかもしれないけど、守らなきゃいけない」
「その為にも、聖女セシルには頑張ってもらう必要がある。光の精霊の向こうに居る聖女アメリアを通じて、かの少女を説得するしか道はない。どの様にしてアメリア様の事を伝えるか、そこが重要になるだろう」