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第14話『私は、すぐに人の中へ帰りますよ。レーニ』

私はスタンロイツ帝国の東端にある城砦のやや尖った屋根の上に寝転びながら空を見ていた。


青い空に流れる雲は、どこまでも自由で、悩みなどないとでもいう様にぷかぷかと呑気に浮かんでいた。


下の方では騎士さん達が聖女様を探している様だが、私は聖女様ではなくただのセシルである為、ここに居ると言う必要は無いだろう。


「はぁー」


「セシル」


「なんですかー? レーニさん」


「何がレーニさんだ。騎士たちがセシルを探していたぞ」


寝転んでいた私の隣に現れたレーニに視線を向けながら笑いかけると、レーニはまるで親の様な顔をしながら私を叱るのだった。


「まぁ、そうだね」


「そうだね。じゃない。こんな所に居ないでちゃんと下に居ろ」


「……」


「なんだ」


「いや、レーニも変わったなって思ってさ」


「変わった?」


「うん。変わったよ。前のレーニなら人間なんかどうでも良いだろう。なんて言ってただろうからさ」


「そうか……確かにな」


レーニは私に言われて、私と同じ様に空を眺めながら呟いた。


その顔はどこか清々しい物であり、出会ったばかりのレーニとは随分と違う物であった。


「しかし、変わったと言えばセシルも変わっただろう」


「私も?」


「あぁ、昔のセシルにはどこか壁があったからな」


「そりゃ、聖国の人は聖女様って持ち上げるだけだし。レーニだって過保護にするばかりで仲良くはしてくれなかったじゃない」


「それは……セシルがアメリアの様に消えるのが怖かったんだ」


「深く接してたら私が消えた時悲しくなるって?」


「……あぁ」


「なるほどね。まぁ、そうだね。今なら少し気持ちが分かるよ」


私は永遠の命を得ていると知ってしまった心で当時のレーニを想う。


多分私が今ここに居るのと理由は同じなのだろう。


心を宿し過ぎれば、あの人たちが消えた時、きっと心が耐えられない程軋んでしまう。


もしかしたら壊れてしまうかもしれない。


怖い。


置いて行かないでと泣いて縋っても、世界は変えられない。


どれだけ祈っても、いつか時間は私たちの間にある物を完全に破壊するだろう。


でも、それでも……。


「私は、すぐに人の中へ帰りますよ。レーニ」


「そうか」


だから、今は少しだけこのまま静かな時の中に居たいのだ。




「魔法使いの癖に、人間の中に居るなんておかしいんじゃないの?」


「っ! お前は!?」


「……」


私は、空にふわふわと浮かびながら現れた笑顔の少女に視線を向けた。


戦う意思は無いらしく以前見せた様な敵意は見せていない。


「確か、ジーナさんでしたか」


「うん。ジーナちゃんだよ」


「……」


「ジーナちゃんだよ!」


「あー。ジーナちゃん。本日はどの様な御用でこちらへ?」


「うーん。御用って程凄い話じゃ無いんだけどさ。ちょっと君と話をしてみたくてね」


「私と?」


「そう。君と」


両手を背中で組んで無邪気に笑うジーナちゃんに私は視線を向けながら少し考える。


「話をするのなら、砦の中でも出来ますが」


「面倒だし、ここで良いよ。人間に囲まれるのは嫌だしさ」


「どうして人間をそれほど嫌うのですか?」


「そりゃ嫌いでしょ。むしろジーナちゃん的には君がなんで人間を好きなのか分からないんだけどね」


「私は……お父さんやお母さんも人間でしたし、お友達も」


「アハハハ!! ハハハ!!」


私の言葉にジーナちゃんはお腹を抱えながら大笑いすると空中で器用にもコロコロと転がって楽しそうな声を上げる。


バカにされている様な気配は感じないが、少し不愉快だ。


「何がおかしいんですか?」


「そりゃおかしいでしょ。人間のお父さんやお母さん? お友達? 人間なんかと魔法使いが仲良く出来る訳ないじゃない。人間なんて魔法使いを利用するか、遠ざけようとする奴ばっかりだよ」


「ジーナちゃんから見ればそうかもしれませんが、私から見れば」


「同じだよ。人間はみんな、同じだ」


「っ!」


声を荒げていた訳ではない。


その言葉は静かに放たれた。


だが、その言葉は酷く重くて、心に張り付く様な感覚を覚えるのだった。


「あなたは魔法使いとして生きてきた癖に、そんな事も知らないの?」


ジーナちゃんの瞳は、言葉は、それが当然だと言っていた。


人間と魔法使いは別々に生きていくのが当然だと。


そうあるべきだと!!


でも、それでも私は!


「そんなの関係ないわ。だいたいアンタ。セシルの何なのよ」


「っ!」


「ったく。日記の件でグジグジ考えてたら、今度は何? 森からセシルの勧誘? 勘弁して欲しいわね」


「……リヴィ」


「セシルもセシルよ。何泣きそうな顔してんの」


狭い塔の上によじ登って来たリヴィは、綺麗な服を黒く汚しながら、綺麗な紫の色の長い髪をなびかせて笑う。


自信満々に。


これが世界の真実なのだという様に。


「私は決してセシルを裏切らない」


「っ」


「そんなの! 魔法使いが利用できるからでしょ!」


「はっ! 下らない! 実にくだらないわね。セシルが利用できる? この猪突猛進で頭空っぽな女の! 何が利用できるってのよ。人間をあんまり馬鹿にしないで貰えるかしら」


「え?」


「なっ!」


「セシルに出来る事なら私たち人間に出来ない事なんて何もないわ!」


私はリヴィのあんまりにもあんまりな言葉に涙がちょっと滲んだが、自信満々なリヴィの顔を見ていると、泣くのも何だか馬鹿らしく感じてしまう。


「セシルに出来る事なんてね! バカみたいに笑って、世界が平和になりますように、なんて子供じみた夢を願い続けて、この世に絶望したアホ共に希望を与える事くらいよ!! それだけで良いの!!」


「……リヴィ」


「世界を背負う必要なんてない! 太古の森なんて場所から過去の亡霊が攻めてきたって、戦う必要なんかない!! ただ、ここで笑ってればいい!! それだけよ!」


堂々と、太陽の様な誇らしい笑顔でそう言い放ったリヴィは何処までも眩しくて、アルバート陛下の妹君なんだとよく分かる姿だった。


綺麗な、本当に綺麗な姿だった。


「でも、そんな強がりだって、命の危機になれば容易く変わる! 人間なんて、そんな物だ!」


「なら!!」


「なら試してみれば良い」


「アルバート陛下! それに、アンドレイ様……!」


リヴィとはまた別の所から私たちが居る塔の上に登って来たアルバート陛下と、凄い跳躍力で上まで飛び上がってきたアンドレイ様が不敵に笑いながらジーナちゃんに武器を向ける。


「どの道、戦わないという選択は取れないのだろう? 魔法使いの始祖」


「……そうね。ジーナちゃんにだって戦う理由はあるもの」


「戦う理由……?」


私が呟いた言葉にジーナちゃんは私へと真剣な眼差しを向けた。


強く、突き刺さる様な視線だ。


「私はお姉ちゃんを人間に殺された」


「っ!」


「あの静かな森で、私はお姉ちゃんと一緒に静かに暮らしていただけだったのに。人間はお姉ちゃんを奪って、苦しめて、殺したんだ」


「……ジーナちゃん」


私は無意識の内にジーナちゃんへと手を向けていた。


その寂しそうな瞳に、一人で生きてきたと訴える小さな体を抱きしめようと思って。


しかし、私の手は弾かれて、ジーナちゃんは涙を浮かべながら私たちから遠ざかってゆく。


「私は、今度こそお姉ちゃんを取り戻す」


「……」


「お前たち人間の手から、お姉ちゃんを取り戻すんだ。そして、あの場所に帰る。私たちが幸せだったあの場所へ」


ジーナちゃんはその言葉を放ってから、私たちに背を向けて森に飛んで行った。


その背中はとても寂し気で、私はどうにかジーナちゃんと話し合う事は出来ないのかと考えてしまうのだった。




そして、夜も遅く。


私は一人砦を抜け出して、太古の森へと向かうのだった。

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