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第13話『ありがとう……セシル。何か書いてみるわ』(リヴィアナ視点)

(リヴィアナ視点)




スタンロイツ帝国に入ってから一年ほどの月日が経った。


既に防衛体制は出来上がっており、いつ太古の森から魔物たちが攻めてきても大丈夫な状態にはなっている。


これで、その時がいきなり起きても大丈夫……な筈だが、胸の中で渦巻く不安は消える事なく残り続けているのだった。


「リヴィ」


「……何かあった? セシル」


「何かあった? は私のセリフだよ。そんな怖い顔してどうしたの?」


「別に」


スタンロイツ帝国の東端にある太古の森を見張る為に作られた城砦から太古の森を見ていた私は、いつもと変わらない間抜けな顔をした聖女様の声に振り向いた。


「別に。って顔もしてないね」


「……セシルに私の気持ちなんて分からないわ」


「まー。確かにね。リヴィの気持ちは分からないかな」


軽率に、人の気持ちが分かると言いそうなセシルから意外な言葉を聞いたなと、私は隣まで歩いてきたセシルを見つめるが、セシルは私の事など見ず、遠く……太古の森を見つめた。


「実はさ……私ね、ずっと夢に見てた事があるんだ」


「……」


「世界中の人が幸せに、安心して生きていける世界になって欲しいって、そんな夢みたいな事を願ってたんだ」


「前に聞いたわ」


「え!? もしかして私寝言か何か言ってた! やだ! 恥ずかしい!!」


前に私が人の心を読めるという話をしたというのに、そんな事などすっかり忘れて間抜けな事をいっている聖女様を鼻で笑う。


……いや、違うか。


私がセシルの心を覗き見る様な事などしないと信じているのか。


まったく、泣きたくなる。


「それでさ」


「……うん」


「私、ずーっとこういう事を誰かに言いたくて、我慢してたんだ」


「うん」


「で、今は全部話してスッキリしてるの」


「まぁ、そうね。セシルは普段から間抜け面してるからよく分からないけど、確かにスッキリ。みたいな顔をしている様に見えるわ」


「でしょ? だからさ。リヴィも悩んでいる事があるのなら、それを話せば良いと思うんだ」


「そんな事、出来るわけ無いでしょ……セシルに私の「あー違う違う!」え?」


「私に話すんじゃなくて、コレ!」


「……本?」


私はセシルから手渡されたシンプルながら、しっかりとした作りの本を見ながら首を傾げた。


中身を何ページかめくってみたが、全て空白で何も書かれていなかった。


何だろうか。


「これね。日記帳」


「日記?」


「そ。何となく過ごしてる日常の楽しかった事とか、嬉しかった事とか……悲しかった事とか、悩みとかね。何でも良いんだよ」


「……」


「自分の中だけでグルグル考えてると、苦しいし、息詰まっちゃうじゃない? だからさ、気晴らしに使ってよ」


「……うん」


私はキュッとセシルから貰った本を抱きしめると、目線を落として想いを胸の中に集める。


「ありがとう……セシル。何か書いてみるわ」


「いーえ」




それから私は部屋に戻り、真っ白なページと睨み合っていた。


ペンを握ってみても、いきなりスラスラと書けるはずもなく、すぐに日記帳を放り出してベッドに体を投げ出す事になった。


私は別に物書きでもないし、研究者でもない。


いきなり文字を書けと言われても、難しいのだ。


しかし、セシルに書いてみると言った以上、何も出来ませんでしたというのも、何だか……嫌な気持ちだ。


『あ、リヴィに日記は難しかったですね。いや、気にしなくても良いんですよ。いきなりは難しいですもんね』


「私は子供じゃない!!」


頭の中で思い浮かべた幻想のセシルに怒鳴りつけ、私はベッドから勢いよく起き上がる。


そして、毎日気が狂ったように文字を書いている男の下へと部屋を飛び出して向かうのだった。




「テオドール兄様!!」


「おや。騒がしい登場だね。リヴィ」


「私に文字の書き方を教えて!」


「文字の書き方? 君は一通り学んでいると思ったけれど……忘れてしまったという事かい?」


「あー、いや。そういう事じゃ無くて! 私、本を書きたいのよ」


「ほう。それは面白い事を始めたね。セシル嬢の影響か」


「うっ、いや、その通りなんだけど」


「良い事だね。私も若いころは友と手紙でのやり取りなどをしたものさ。言葉というのは口で伝えるよりも文章に書いて伝える方が伝えやすいからね」


「そうなの?」


「あぁ。こうして喋っている時よりも、深くその文字を書くべきかどうか考えて刻むからね」


「……なるほど」


私はテオドール兄様に言われた言葉を自分の中で噛み砕き、少し考える。


書くべき言葉と書かない方が良い言葉を選ぶ。


うん……何となく分かる。


「まぁ、時には素直に感情をぶつける事も良いと思うけど、まだそういう段階じゃないみたいだね」


「うん」


「なら……そうだね。練習もあるだろうし、セシル嬢に想っている事を最初から書いてみれば良いんじゃないかな」


「最初から?」


「そう。君たちが出会って、今日まで生きてきた事を、君がセシル嬢に何を感じ、何を考えていたのか。それを書いてみれば良い」


「……分かった。ありがとう! テオドール兄様!」


「いや。この程度で良ければいつでもおいで」




私はテオドール兄様の部屋を飛び出し、再び自分の部屋に戻って来た。


自分の部屋を出る前と違って、今は書きたい事で溢れている。


「そう。セシルの事を最初に知った時思ったのは、生意気な奴。胡散臭い奴っていう感情だったわ」


エリカが聖女として有名になった途端に聖国に現れた謎の聖女。


実は昔から活動していた、なんて怪しい言葉も付いていて、私はこれが聖国の策略なんだって思った。


「でも、セシルは真っすぐで、純粋で、傷ついている人を見ると傷付いてしまう人で……こんな人が大々的に聖女として活動すればどういう事になるか、出会ったばかりの私にもよく分かった」


でも、それでもセシルは聖女であるという事を隠したまま各国に向かい、一人でも多くの人をとその力を使っていた。


あの子に救われた人々は公に感謝を伝える事も出来ないまま、傷ついた心で聖国に戻っていくセシルをどんな気持ちで見送ったんだろうか。


「……あぁ」


今、私が居るスタンロイツ帝国の騎士達を思い出して、椅子に深く座りながら天井へと顔を向けた。


この城砦に居る騎士達もそうだが、これから圧倒的な力による死が待っているかもしれないというのに、その顔には喜びがあった。


嬉しいのだ。


かつて、何も出来ず傷付いた少女の背を見送る事しか出来なかった自分たちが、遂に、セシルの役に、セシルの為に戦えるという事が。


ただ、嬉しいのだ。


「私も、セシルの為に何が出来るだろうか」


セシルは魔法使いだった。


あの子は太古の森にまだ魔法使いが生きていた! なんて言っていたけど、もし仮に魔法使いが生きていたとしても、あの子が知っている一人だけだ。


遠い昔に魔法使いは全て滅ぼされてしまったのだから。


もう生きていない。


なら、あの子はこれからどうやって生きて行けば良いのか。


レーニはエルフだからきっと長い時間をセシルと共に生きていけるだろう。


しかし、レーニだけだ。


セシルと同じ時間を生きていける存在は……レーニしかいない。


「私は……いつか死ぬ」


それは今日かもしれないし、明日かもしれない。


人間の命なんて儚い物だ。


ふとした時に消えてしまう事もあるだろう。


そんな事を繰り返して、セシルは……どうなる。


人が傷つくだけで一緒に傷つくセシルが、大切な人の死を見て、どうなる。


「……死にたくないわね」


生きていたい。


あの子よりも一日でも多く。


私は右手で目を覆いながら深いため息を吐いた。


この世界に永遠などない。そんなことは私も分かっている。


しかし……それでも私は、永遠の命が欲しかった。


あの子の傍に立ち続ける為に。

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