第12話『私は苦しい胸を押さえながら、どうか……! と未来に祈りをささげた。』(リヴィアナ視点)
(リヴィアナ視点)
さて、面倒な事になった。
我らが聖女様、セシル様が持ち込んだ話は本当に、ほんとーに! 面倒な話だ。
「リヴィ。それで、セシル様の予言が現実になるとはどういう事なんだ?」
「言葉そのままの意味ですよ。アルバート兄様」
「それは、そうだろうが……」
訝し気な顔をするアルバート兄様とエリオット兄様、それに国防に関わる人たちに私は微笑みながらかつて彼女が言っていた言葉を再度伝える。
「『この世界に大いなる闇が復活する。それを防ぐ為に聖国の聖女と、エリカという名の聖女が共に手を取り、世界の為に祈る事が出来れば、闇は現れないだろう』」
「無論私も覚えている。しかし、エリカと聖女セシルは既に協力関係だ。なのに闇が復活するというのか?」
「いえ。そうではありません」
「なに?」
「スタンロイツ帝国に魔法使いや魔物が襲ってくる事が闇の復活では無いんですよ。兄様」
「どういう意味だ」
「魔法使いたちが来るのはただのキッカケなんです。問題はその後。セシルが私に伝えた情報によれば、魔法使い達は人間の国を壊滅させた後、人々の無念や憎しみを束ねて闇の神を復活させる儀式を行うそうです」
「……かつて聖女イザベラが防いだという闇神教の事件と似ているな」
「その通り。魔法使い達は闇神教と同じ事をしようとしているんですよ。ただし、その規模はあまりにも大きい」
私の言葉に、皆がざわざわと騒ぎ始めた。
恐怖が場を支配しようとしている。
しかし、それを食い止めるのは、やはり光の道を歩むアルバート兄様だ。
「静かにしろ。ここでどれだけ嘆いた所で意味が無い」
「しかし、陛下」
「うろたえるな。忘れたのか? 人間が、国が、何故力を合わせたのか。世界国家連合議会を作り上げたのか!」
「……確かに」
「リヴィ。お前の事だ。既に準備は進めているんだろう?」
「はい。ヴェルクモント王国に在住している冒険者を依頼という形で集めています」
「うむ。ではエリオット」
「あぁ」
「リヴィと共にスタンロイツ帝国へと向かいスタンロイツ帝国皇帝と共に防衛策の検討を行え」
「分かった」
「私は世界国家連合議会へ向かい、物資と人員をスタンロイツ帝国に集める為に議会を進める。私が居ない間の国土防衛はガーランド卿。お前に託す」
「ハッ」
「陛下」
「なんだ。レンゲント卿」
「ガーランド卿は是非陛下の護衛に。国防は我らレンゲントが請け負いましょう」
「良いのか? 貴君らは帝国行きを望むと思ったのだがな」
「えぇ無論。我らの血と魂はより前線へ行く事を望んでおります。しかし、如何にガーランド卿と言えど、軍を相手にするのは難しいでしょう」
「……なるほど」
レンゲント侯爵の言葉にアルバート兄様はニヤリと笑うと、同じタイミングに鼻を鳴らしながら笑った男へと視線を移す。
「グリセリア卿」
「ハッ」
「イザという時は、私も前線へ向かう。ガーランド卿を戦場へ向かわせる必要があるかもしれないからな」
「でしょうなぁ」
「もしもの時は、お前が次期国王だ。頼むぞ」
アルバート兄様の言葉にやや場がざわつくが、グリセリア侯爵が見た事もない様な大声で笑い始めたことで再び静かになる。
そして、ギラりと輝く瞳でアルバート兄様を見つめながらグリセリア侯爵は口を開いた。
「お断りします」
「グリセリア卿……!」
「アルバート陛下には聖女エリカ殿。エリオット殿には聖女アリス殿……リヴィアナ様には、聖女セシル殿。お三方の誰でも良い。生きて帰還して下され。その後は我らと我らの子が次の世代まで支えましょう」
「……分かった」
「ヘンリー王子はまだ幼い。ライリー・ロザム・メイラーも同様に。親を亡くす絶望を子に与えてはいけませんぞ。陛下。エリオット殿」
「あぁ」
「忠告受け取ろう」
「ならば、我らは陛下方が帰還されるまで、ヴェルクモント王国を守るのみ」
「頼む。グリセリア卿、レンゲント卿」
「「ハッ」」
ヴェルクモント王国内部の会議も終わり、数日後、私はセシルと共にスタンロイツ帝国へと向かう事になった。
無論、集めた冒険者の第一陣と共にだ。
エリオット兄様は残された冒険者や動ける騎士と共にスタンロイツ帝国へ向かう為、かなり後の出発になる。
「さーて、どうなるかな」
「まぁ、すぐに何かが起こる訳じゃないし。しばらくは準備じゃないかな」
「それなら良いけどね」
「まぁまぁ、アンドレイ様からは、もう簡易の監視を始めてるらしいし、そこまで焦らなくても大丈夫だよ」
「ま、そうね」
お気楽な顔で笑うセシルに、私は鼻を鳴らしながら周囲を見据えた。
かなり広い平原で、私達を囲む様にして休んでいる冒険者たちの姿は、これから起こる戦いの激しさを予見させるようなものである。
どれだけの人が死ぬだろうか。
そしてその死が、どれだけセシルの心を痛めつけるだろうか、と考えるとこのままセシルだけでも国に帰したいくらいだ。
「……」
「ん? どうしたの? リヴィ」
「いいえ」
「んー? 変なリヴィ」
飲み物を飲みながら、何でもない事の様に笑っている聖女サマが、心の中でずっと苦しんでいる事を私は知っている。
知っているのに、それを何とかする事が出来ないのだ。
魔法使いという存在が、その永遠に続くという命が、セシルにとっては祝福ではなく呪いなのだと、私は知っているのに。
彼女を救う手段を、私は未だ見つけられずにいる。
「はぁ……」
「なぁに? リヴィ。怖いの? 大丈夫だよ。ここには最強無敵の聖女様がいるんだからさ!」
「そうね」
そして、セシルは私たちの話を聞いているであろう冒険者たちに向かって拡声魔術を使いながら語り掛けた。
「皆さんも! 何かあればすぐ私の所へ来てください。どの様な傷も、全て私が癒します。皆で世界を守り、国へ帰りましょう!」
透き通る様な声が響き、冒険者たちの歓声が帰ってくる。
それが、その姿が……! 女神と呼ばれる様なセシルの姿が、どうしようもなく悲しくて、寂しい物に見えてしまうのだった。
私は苦しい胸を押さえながら、どうか……! と未来に祈りをささげた。
しかし、その祈りが届くのか。そもそも誰に向ければ良いのか。それは分からない。
だが、分からないからこそ、出来る限りの事をして、セシルの心を守ろうと私は想う。
私に出来る事はそれほど多くは無いから。
せめてそれだけは……と。
そして、スタンロイツ帝国に到着してから私たちは皇帝陛下に謁見をした。
「セシル様。それにヴェルクモント王国のリヴィアナ姫。ようこそ我がスタンロイツ帝国へ。冒険者の方々には宿に案内させております」
「ありがとうございます。アンドレイ様。それと、申し訳ございません。この国を戦場にするような事を」
「いえいえ。これも世界を守る為、スタンロイツ帝国がセシル様の盾となる事が出来るのなら本望ですとも」
「アンドレイ様」
「ふふ。その様な悲しい顔はなさらないで下さい。以前セシル様に救われた者達はようやくセシル様に恩返しが出来ると喜んでおりますから。無論セシル様がお優しいのは存じておりますが、彼らの想いも受け取ってやって下さい」
「……はい」
「皇帝陛下」
「……なんでしょうか? リヴィアナ姫」
「帝国ではどの様な防衛策を「姫様」っ! なんでしょうか」
「お気持ちは分かりますが、本日はゆるりと休まれよ。そう気を張っていると、騎士たちも気になりますからな」
「っ! 申し訳ございません」
「いえいえ。スタンロイツが落ちれば、世界が危うい。そう考えれば焦る気持ちも分かりますよ」
スタンロイツ帝国皇帝は謁見の間でソファーに深く座りながら、静かに笑う。
思わず背筋が寒くなる様な恐ろしい顔で。
「しかし、この……死がこびりついた大地で我らは生きて来た。セシル様を懐に入れたまま敗北する事などあり得ない。何が相手であろうと」
「……」
「と、まぁ、その様な状態ですので、あまり気にせず明日から防衛作戦を考えてゆきましょう」
一瞬見せた全てを凍らせる様な殺気は瞬く間に消えて、出会った時と変わらない朗らかな笑みで皇帝は話を終わらせるのだった。




