第11話『いきなりぶつなんて酷いじゃないですか!』
お茶会の場を飛び出した私はリヴィの部屋に急ぎ、その扉を勢いよく開け放った。
「リヴィ!」
「部屋に入る時はノックをする! 常識でしょ!」
「ご、ごめん」
「はぁー。まぁ良いわ。セシルにそういうマナーを求めるのは間違いだって分かったから。セシルは無神経だもんね。とんだ聖女サマだわ」
「そう言わないでよ……リヴィ」
「ちょっと。その顔こっちに近づけないでよ」
「ひどい!」
「酷かないわよ。アンタの顔はもうそれだけで武器なんだから。鞘に入れず武器を持ち歩くなんて、本来なら極刑よ、極刑ぃ!」
リヴィに手を振られ、ショボンとしながら私はベッドの方に向かおうとした。
しかしそんな私の腕をリヴィが掴み、それ以上進めなくしてしまう。
「リヴィ?」
「セシル。アンタどこに行くつもり?」
「ベッドだけど」
「そうね。それ、私のベッドなの。分かってるかしら?」
「うん。だってここリヴィの部屋だもんね」
「ハァー」
リヴィは頭を抱えながら深い深いため息を吐いた。
そして私を無理矢理引っ張ると、近くにある椅子に座らせる。
「そこに座りなさい。どうせ処分するのなら椅子の方が安いから」
「え!? なに!? 処分って!」
「そりゃアンタが使った家具がもう使い物にならないからでしょ。何言ってんの」
「私そんなに汚くないもん! 毎日お風呂入ってるよ! 外出する時だって、近くの泉を見つけて……って、いひゃいいひゃい!」
「街道沿いの湖に現れる謎の女神はアンタか!!! このおバカ!!」
「あいたっ!」
リヴィは私の両頬をつねった後、頭をポカっと叩いてきた。
真実痛いワケでは無いが、心が痛いのだ!!
「いきなりぶつなんて酷いじゃないですか!」
「別に本気で殴った訳じゃないんだから、ピーピーうるさいわよ。それに! アンタがやらかした事に比べればどれだけ軽いか!」
「私がやらかしたこと……?」
はて、と首を傾げながら私は何の事だろうと考える。
が、そうしている間にもリヴィの怒りはふつふつと燃え上がっているらしく、その怒りが目に見える様だった。
「え、えと! リヴィ、落ち着いて。怒っても良い事無いよ」
「アンタが怒らせてるんでしょうが! このおバカ! おバカ! おバカ!!」
「あいた! いたっ! いたー!?」
私は何度も頭を叩かれて視界を滲ませながら両手で頭を守った。
これ以上叩かれたらバカになってしまう。
いや、既にそうだろうと言われたら何も言えないんですけれども!
「はぁ、はぁ! 良い!? セシル。アンタがね! 水浴びをしている姿を周辺の村人が見てんの!」
「なるほど」
「……」
「……?」
「いや、なるほど。じゃないわよ。それで? どう思ったの?」
「え? まぁ、見られてるんだなぁと」
「……セシル。ちょっと、手を下ろしなさい。叩かないから」
「あ、はい」
「おバカ!」
「なんで~! 叩かないって言ったのにぃ~」
「アンタがどうしようもないおバカだからでしょ。まったくもう」
リヴィは腕を組みながら椅子にもたれかかって私をジトっとした目で見つめた。
なかなかお怒りのようである。
「セシル。貴女がね。非常識……あー、いや。ちょっと思考がずれてる事は認識してるわ」
「それフォローになってますか?」
「黙りなさい」
「あいたっ」
私は余計な事を言ってしまったかと両手で口を塞ぎ、もう余計な事は言いませんアピールをリヴィにする。
そんな私を見ながらリヴィはため息を吐いて、続きを話し始めた。
「未婚の女性が、その肌を露出する。しかも大衆に対して。これがどういう意味か分かる?」
「……えと、開放的な人だな、と?」
「そんな訳ないでしょ! もう結婚出来ませんって意味なのよ!」
「いや、でも私もう結婚しませんし」
「だとしてもそんな簡単に肌を露出する理由にはならないでしょ」
「そうなんですか? 聖国に居た時から、すけすけの服でお祈りしてたり、清めの儀式みたいのも、薄い布を羽織っただけで水を浴びてたので、そういう物なのかなと思ってました」
「羞恥心は無いの? 羞恥心は!」
「あー。昔はあったんですけど、周りが普通なので、段々と慣れてしまって」
てへへと笑うと、リヴィは見たこともない程に怖い顔をして、聖国を滅ぼすかどうかと呟き始めた。
とんでもない事である。
私は必死にリヴィの暴走を止める為に声を掛けるが、冗談よと笑っているリヴィの目は笑っておらず、一応気にしておこうと思うのだった。
「いや、一応ちゃんとした理由もあるんですよ」
「どんな理由よ。理由によっては世界国家連合議会を動かして、大教会の連中を全員処刑してやるわ」
「それは困ります。ほら、皆さん下心があって、という訳では無いですから。村人さん達も偶然見てしまっただけですし」
「村人は良いわ。ホントは良くないけど。で? 大教会の連中になんで下心が無いって分かるのよ」
「ほら、あの人たちにとって聖女は特別な存在ですから。触れる事すら出来ないとよく言ってましたし」
「触れられないから、見て楽しんでたんじゃないの?」
「いやー、それはどうですかね。私の背中はまだ傷跡が残ってますし。見ててもいい気分にはならないんじゃないですか?」
「っ!」
「それに。水浴びしてると分かるんですけど、水を通して体に魔力が満ちる様な感覚があるんです。透き通っていくというか。水浴びをした後は、傷も痛みを発しませんし」
「その背中は治せないの? セシルは自分の傷を癒せるんでしょ?」
「確かに私は癒しの力で自分の傷も癒せますが。背中の傷はユニコーンの魔力やレーニの魔力。それに大司教の魔力なんかもゴチャゴチャに混ざってますからね。下手に触ると突然死んでしまうかもしれないので、触れないですね」
「……そう」
それに、この傷は罪の証なのだ。
私が罪を犯した証。
こうして生きているだけで痛みを私に与え、罪を忘れるなと教えてくれる。
だから、このままの方が良いと私は感じていた。
なんて、辛そうな顔をしているリヴィには言えないのだけれども。
「なはは。そんな悲しい顔をしないで下さい! とりあえずリヴィの話は理解しました。これからは水浴びを気を付けてしますね!」
「まぁ、そうね。水浴びする時はアンタの狂犬二人を連れて行きなさい。もし誰かが目撃しても無かった事にしてくれるわ」
「いや、それ見てしまった人が襲われてますよね!? ね!?」
「さぁ?」
私はリヴィに問いかけるが、全て軽く流されてしまった。
なんてこったい。
護衛を頼むのなら、誰か適当な騎士さんにたのも。
「それで? こんな話をしに来たワケじゃないでしょ?」
「あ! そうでした! 大変なんですよ! リヴィ!」
「大変って、何が大変なのよ。またチビ二人に迫られた?」
「いや、それもそれで大変なんですけど、そっちはリヴィのお陰で何とかなったので!」
「は? 聞いてないんだけど!?」
「それよりも! です。人類存亡の危機の話です」
「っ! さっきの話は後でちゃんと説明しなさいよ。それで? 人類存亡ってのはどういう事? 随分と大きく出たじゃない」
「太古の森から、大量の魔物と獣人が現れて、多くの国を襲います」
「……」
「スタンロイツ帝国は帝都を除き崩壊。そのまま一団は国境を越えて、各国へと流れ込みます。多くの人が死ぬことになる」
「……予言はこれか」
「え?」
「具体的な時期は? 分かってるの?」
「はい。おそらくは二年後。スタンロイツ帝国に魔法使いを名乗る少女が現れた時に始まります」
私は真剣な眼差しでリヴィを見つめながら言葉を届けた。
そう。やはりそうだ。
あの少女……ジーナが獣人たちと共に人間社会を壊そうと攻めてくるのだ。




