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決着


「ではマユちゃん参るぞ!! ジャンケン……」


このままでは靖子を外来種に獲られちゃう!!!

宏明は目に涙を溜めて、ジャンケンの行方を見守るほかなかった。


しかし宏明にとっての現実は非情なもので、この後神風が吹くでもなく、危機一髪の所勇者が現れてザリガニを退治してくれるわけでもなく、つまりは全てに滞りなく、

「ポン!!」


が宣言されてしまった。


宏明は思わず目を閉じた。


勝負の行方を、庭に集まった鈴木家並びにご近所の皆様が見守った。

小さな声で「おぉ……」

と聞こえるので、宏明は恐る恐る目を開けた。


…… ……信じられない光景だ。

ザリガニが、定石通り「チョキ」を出しているのに対し、カエルは足元から拾った『石』を差し出している。


……神風が、吹いた……!!!


宏明は慶喜した。

「はいーー!!! カエルの勝ちですーーー!!! 一本勝負なので決闘はカエルの勝ちですーー!!」


会場からは今日一番の拍手が巻き起こり、麻由も、


「すごーーいマユちゃん!!!」


と大喜びである。


一方ザリガニの方はというと、何が起きたのかわからないといった感情なのか、その場に硬直し、やがて「チョキ」のままのハサミが震え出した。


「……無念、……またしても破れるとは……!! この春崎藤右衛門一生の不覚!!!!!」


いつもだろー


ドンマイ、バルちゃーん。


外野からはそんな声が聞こえ出した。


「漢、赤堤のハサミもち! 勝つる時も春崎なら、敗るる時も春崎なりけり! いざぎよく負けを認めいたす!! せめて辞世の句を、辞世の句を詠ませてくだされ!!

 ……オホン

 『剛のもの

  この手も虚し

  恋ぞつらし』……」


ザリガニの黒々とした目からは、涙の池が溜まっていた。本気で悔しいのだろう。

靖子がザリガニに近寄る。


「いつでも、遊びにいらしてくださいね。藤右衛門さん」


すると、元々赤かったアメリカザリガニの『外見』が、茹で上がったかの如く真っ赤になった。


「お靖殿……もう一句詠ませてくだされ!!!

 ……

 ……

 『ロブスター

  一字違いの

  愛のラブスター』」


「うまくねえんだよ外来種! さっさと帰れ! 何がお靖殿だ!!」


すっかり強気になった宏明が、さすまたでザリガニをつついた。


「ひん!!!」


ザリガニは来た時よりも高速で、夕焼けの赤空にかけていった……。


「また来てねー!!」

麻由はザリガニの背中に手を振った。






……翌日の夕方の事である。

性懲りも無く鈴木家の庭にやってきたザリガニが、麻由と一緒に庭で玄米茶を飲んでいた。

マユちゃんの姿はない。どうやら神社の方へ出掛けているそうだ。

仕方がないので麻由が代わりにザリガニの相手をしている、といった具合だ。


「……麻由殿は、学道は、楽しゅうござろうな」


玄米茶を2本のハサミで器用に口に運びながら、ザリガニは麻由に話しかけた。


「学校のこと?」


「ござる」


「うーーん……」


麻由は俯いてしまった。

人見知りで、しかも都会の生活に馴染めているとはいえない、内気な子だ。

親に心配させまいと気丈に振る舞っているが、学校ではやっぱり「浮いた」存在になってしまっていた。


麻由は話題を変えた。


「バルちゃんは、おじいちゃんの事を知ってるの?」


「勿論、存じ上げておる。優しくて、立派で、見事な御仁であった。

 我が父上も偉大であったが、彼もまた、偉大な人物であった」


ザリガニは遠い目で夕日を見つめた。


「……それがしとした事が、夕日が目に沁みるでござる」


「なんで?悲しいの?」


友人ともを失うことは悲しくもあり、また友人との記憶を回想致すことは、温かい気持ちになるでござる。

 丁度ー……」


ザリガニは、麻由の足元にハサミを指した。


「丁度今、麻由殿のおられる場所に、黒鉄殿も腰をかけておった。そして、それがしと、マユちゃんの戦をそこで、笑顔で眺めておった。

 体も悪くなさって、家からあまり出れなくなっても、決まってその場所でそれがしと、マユちゃんを眺めておった。

 それがしが黒鉄殿のことでまず思い出すのは、あの柔和な笑顔なり……

 南無阿弥陀仏

 南無阿弥陀仏……」


 ザリガニは夕日に向けて、両のハサミを合わせた。


「おじいちゃんも、マユちゃんとバルちゃんが好きだったんだね」


「左様。我らは真の、友であった」


「友達か……」


「……麻由殿も、焦ることは無いでござるよ。縁とは巡るもの。縁とは袖を触れ合わせるものにござる」


「麻由は、楽しいよ」


……ここにいる時は、という言葉を、小学生にして麻由は飲み込んだ。


その言葉に反応し、ザリガニは夕日から麻由に視線を向けた。


「……焦ることは無いでござる」


「あら、藤右衛門さんいらしてたのね」


家の勝手口から、靖子がおかわりの玄米茶を持って庭に入ってきた。


「お……お靖殿!! せ……拙者は修行中の身故、修行中の身故……!!」


「お寒いでしょうからお上がりになられればよろしいのに。麻由も喜びますわ」


ザリガニは、またもや茹で上がった。


そして、


「ひん!!!」


と、どこから出したのかわからない素っ頓狂な声をあげて、

油で揚がったエビの如く飛び上がり、

そのまま夕日に向けて駆け出していった。


「まあ、お忙しい人ね」


「うん。いい人だよ。……人じゃ無いけど。」


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