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パパの失踪とどけ


翌朝。鈴木家の庭にて初霜を観測した松原の朝。

たぬきの駐在所にて、厚着をした麻由がデスクに座っている。

たぬきの刑事たちは、来客用の電気ストーブを引っ張り出してきた。

しかしたぬきの派出所は、電柱の脇にデスクを置いただけの野晒し青天井の派出所である。

そうなると、電力はどこから供給するのか、という問題が発生するが、

結論から述べるとそのための電柱である。


 電線から違法に電源を流用し、鈴木家の電力を拝借しているのだが本人たちはれっきとした刑事業務であるとして合法化している。


 麻由からはその表情から、心底悩んでいる事が読み取れた。たぬきの刑事たちは今にも泣き出しそうな麻由を前に、

カツ丼のローレル添えを差し出した。このご時世にまともなカツ丼である。

しかし麻由は手をつけない。食欲もないのだ。


「どうしたんだいお嬢ちゃん。もう来ないという約束だったろうに」


「あのね…… パパが帰ってこないの」


 たぬきのデカ長と巡査は顔を合わせた。


「それは事件かい?」


「わからないの」


 たぬきの巡査は、メモを取り出し、とりあえず今日の日付と、ローレルの香りの具合などを書いた。


「デカ長、わからないそうです」


「これはミステリーの予感がする。私の長い刑事生活からの経験上、こういったケースは往々にしてミステリーだ」


「失踪ミステリーという事ですか」


「ばか! ご子息が目の前にいらっしゃるのに『失踪』などと軽率に言うな!」


「失礼しました!!」


 たぬきの巡査は、メモ帳に『失踪』と書いて、上からバツ印をつけた。


「お嬢ちゃん、お父さんを最後に見たのはいつかな?」


「昨日の朝」


「その時のお父さんに変わった様子は見られなかったかな?」


「変わった様子?」


「例えば……そうだな例えば……その前の晩、突然油を飲み出したり、

 納豆とご飯の比率を逆にしてみたり、『エコエコアザラク』とずっと呟いていたり……」


「しないよそんなこと」


「そうかしないか! 君! 今のは重要な情報だぞ!!」


「はい!」


「メモをとれ!!」


「はい!!」


「そして、彼女にローレルの匂いを嗅がせろ! これで隠している情報を吐き出すはずだ!!」


「はい!!」


 たぬきの巡査は、頭の上のローレルの葉を、麻由の鼻の前に持ってきて、葉を2枚に割った。

上質なローレルの爽やかな香りが、麻由の鼻腔をくすぐる。


「どうだね! これで吐く気になったかい!」


 たぬきのデカ長は、威勢よく麻由に問いただしたが、正直麻由はローレルの香りどころではなかった。 


「パパが心配……どうしよう、事故とかだったら……」


 たぬきの巡査は、メモ帳に事故、心配、と書いた。


「どうですかデカ長! 事件は解決しそうですか!」


「急かすな! しかし、ここまで追い詰めることはできた。あとは些細なきっかけだけだ。

 これを急かすと、せっかくの事件は逃げてしまう。

 こう言う時に……『ミイラ取り』だった頃の技術が活きてくるわけだ」


「なるほど!」


「警察官の中の約9割が元『ミイラ取り』だ。『ミイラ取りがミイラになる』と言うのはつまりね……

 警官への内定が決まった時にいう言葉なのだよ。つまりどう言うことかわかるかね。

 わからないだろうね。君は『ミイラ取り』を経験してないのだから……」


「つまり、我々はミイラということですか!?」


「そう。我々はミイラだ」


 たぬきのデカ長は、包帯を取り出し、頭からぐるぐる巻いたが、頭の半分で包帯を使い切ってしまい、

それはもうミイラというより外科患者のようだった。


「! わかったぞ! 今のでわかった! お嬢ちゃん!君のお父さんの居場所がわかったよ!!」


「本当!?」


「宏明氏の居場所。それは松原の2丁目、テナントビル1階の動物園だ!!」


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