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匂い袋


その日の夕方のことである。


 仕事を早退した宏明は、再び世田谷の総合病院に行き、ドクターEの診察を受けていた。


「どうしました? すっかり顔色は良くなったように見えるけど」


「ええ。顔色はね、よくなったんですよ。」


「はて、じゃあ何が問題ですかね」


 宏明は不満そうに、3本目の腕で自らの頭に生えたピンク色の触覚を掴んだ。


「いただいたお薬を飲んで、これとか、これが生えてきたんですね」


「はあ」


「これじゃあ、家に帰れないんですね。家内や娘に化け物扱いされてしまう」


「こらこら。化け物なんて言ったら化け物に失礼ですよ患者さん。

 第一、ここは内科なわけでね」


「ええ。ええわかります。ですが、明らかにここのお薬が原因なわけですから。

 頼れるのはここしかないんですよ」


「うーーん」


 ドクターEは、メガネを長い鼻で外して、太い前足で目を擦ると、


「具体的にどこが痛いとか、具合が悪いとか、そういうのはない?」


「そういうのはないです。……むしろ調子が良すぎるくらいですよ。でもね、これとか、これのせいで会社の人間に笑われました」


「なんで」


「そりゃあ笑うでしょう! これじゃあ僕が怪異みたいだ!」


「ですから、怪異なんて簡単に口にする物じゃありませんて。

 良いじゃないですか、減ったわけじゃなくて、むしろ増えたんですから」


「増えちゃまずい物だってあるんです! 少なくとも僕という人生を生きる上では!」


「それは君! 減った人に失礼だよ!? あとここは内科だ。残念だが私じゃあ力になれないかもね」


 宏明は肩を落とした。

 現在、宏明の腕は朝からさらに2本増えて7本になっており、触覚も伸びており、

目の数まで増え始めていた。これでは家に帰れない。麻由に怖がられてしまう。


 ドクターEは、メガネをかけ直し……


「しゃくれパンダの匂い袋……」


 と言った


「え?しゃくれ?」


「そういう生き物がいるんですな。嘘か真か……

 パンダのアゴがしゃくれている生き物なんてそれこそ怪異だと思いますがね。

 それの持つ、『匂い袋』が万能でして、

 これであれば全ての病を治せる。そう聞いたことがあります」


「薬の副作用もですか!?」


「ええ。あるいは。」



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