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変身


平日木曜日の世田谷は朝の10時である。


 昨晩から体調を崩している宏明は近郊の病院、その診察室にいた。


 三日ほど前から喉の痛み、頭痛、咳、倦怠感、筋肉の痛みを訴えていた宏明であるが、

昨晩から微熱も出たので大事をとって会社を欠勤するに至ったのである。

妻の靖子から、「ここがいい」と言われて勧められたのは、世田谷の総合病院であった。


 「おはようございます宏明さん。内科医の『ドクターE』です」


 温和な声で宏明に自己紹介をしたのは、170センチほどのおとなしそうなゾウさんだった。

白衣を着て、長い鼻にはメガネ、白いマスクをしている。


 「では触診から始めましょう。上着を脱いでいただけますか」


 言われるままに宏明が上着を脱ぐと、宏明の胸に長い鼻の先っぽを押し当てた。


 「ふむふむ。息を吸ってください」


 言われるままに息を吸うと、ゾウさんも鼻から息を吸い、宏明の胸の皮膚を吸い込んだ。


 その後、宏明はレントゲンを取り、血液を採取した。


 ドクターEは、宏明の胸部レントゲン写真を見て、


 「ふうむ」


 と声を漏らし、


 「宏明さん、これやっちゃいましたね」


 などと、何やら不穏なことを言った。

 確かに、宏明の肺には、白いモヤが写っている。

 ドクターEは、モヤの部分を指差して、


 「これは流行り病の可能性がありますね。そろそろ血液検査の結果が出ると思います」


 「流行り病……ですか」


 「H-Vと言われる感染症でこの地域限定で流行してますね。和名は『ハリキリ・ウィルス』です」


 「はあ」


 朦朧とした頭で宏明は答えた。

 

 ややあって、血液検査の結果が出たらしく、シャーレに宏明の血を一滴垂らして、顕微鏡で覗き込んだ。


 「宏明さん。これ見てください。今そちらのモニターにアップしますね」


 パソコンのデスクトップにアップされたのは、宏明には理解のできない細菌が蠢いている様だった。

中でも、やけに主張の激しい細胞がいる。

こちらの注目を集めたいのか、さまざまなポーズをとって、元気さをアピールしているように見える。


 「ハリキリ・ウィルスですね」


 「なんですかそれは」


 「人間の体内に入ると、張り切るんですよ」


 「細菌がですか?」


 「細菌がです」


 ウイルスは触手をこちらに向けて振ると、自分の体を指しているように見える。


 「『ここを見ろ』と言ってるみたいですね。細菌を拡大してみましょう」


 ドクターEが、モニターをクリックし、アピールしている細菌をを拡大した。

細菌はTシャツらしきものを着ているらしく、そこには文字が書いてる。

読んでみると、

『菌肉は裏切らない』と書いてあった。


「張り切ってますね。関心関心」


「え、悪い菌なんですよね」


「いい菌でも悪い菌でも、頑張ってる者は応援したいじゃありませんか」


「困ります」


ドクターEは、アピールの激しい別の個体を見つけたのでそちらも拡大してみた。その個体もTシャツを着ており、

『結核にコミットする』と書かれている。


「これは少々過激な個体ですな」


「先生なんとかしてください」


 宏明が哀願すると、ドクターEは、


「そうですね。お薬と、特効薬を摂取いたしましょう。これですっかり良くなりますよ。

 ちょっとね、副作用で腕の数が増えたり、指の数が増えたり、頭の数が増えたりしますが、まあ、減るよりかは」


 宏明が異を唱える隙もなく、特効薬は駐車されてしまった。



 それから一晩開け、宏明の体はすっかり改善された。

体調が良くなったどころか、始まりかけていた老眼と四十肩も良くなり、視力と聴力はむしろよくなった。

ただ、頭痛だけがひかなかった。まあ、病み上がりの症状だろう。

宏明は会社に復帰した。


「じゃあ行ってきます」



八重歯が3倍に伸び、頭から触覚の生えた宏明は、5本目の腕で玄関の扉を閉めた。



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