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はじめての家出


北風吹き荒ぶ、12月の松原の、とある朝のことである。


 鈴木家の斜向かいにある、たぬきの派出所。外にむき出しのデスクの上には、警視庁から送られてきたA4用紙の紙束、およそ2000部が山のように積まれていた。

そのうちの一枚を、たぬきのデカ長が、デスクの隣にある電信柱に貼り付けている。

なるべく「格好いい位置」に貼りたいのだが、デカ長と巡査の「格好いい」の価値観が合わずに、かれこれ4時間近く電柱の前で、用紙を貼っては剥がしたりしている。

格好いいの基準が、巡査の方はティラノサウルスで、デカ長の方が八代亜紀だから合わないのは当然なのだ。


 キリがないので折衷案ということで、二人とも「格好良くない」と思う場所に貼ることになった。それは電柱の根元である。


 二人の刑事が電柱に貼ったのは、警視庁から指名手配の認定が下された人物の似顔絵だ。

二人いて、一人がアゴのしゃくれたパンダ。もう一人は、その尻である。


「いやはや、大変なことになったね」


 たぬきのデカ長は、ポスターの似顔絵を見下ろしながらそう言った。


「あのブラウン捜査官という人は、警察ではなかったんですね」


 巡査も写真を見下ろしている。


「いや、警察であることは警察だったのだ。しかし、同時に犯罪者でもあったということだな。

 よくあることだ。人間は二面性、否、多面性を持つ生き物だからね。

 刑事の人格もあれば、犯罪者の人格も同居していたのだよ」


「よくあることなんですか?」


「古き言葉に言うところの、『ミイラ取りがミイラになる』だな。」


 デカ長は、頭に乗せたローレルの匂いを嗅いで、それっぽい言葉を言ってみた。


「……いや、この場合は、『ミイラ取りが実はミイラだった』の方が近くはないですか?」


「どちらも変わらないだろう。遅かれ早かれ、ミイラにはなるのだから」


「ところでデカ長。ミイラ取りっていう職業があるのですか?」


「……あるよ。君はミイラ取りも知らないのかね。警察になる前は何をやっていたんだ。信じられんよ全く」


「え、デカ長はミイラ取りだったんですか?」


「そうだとも。取った取った。あれはー、銚子漁港だったかな。まずは小型の船で沖に出るんだ。そして干潮を待つ」


「はい」


「それで、ミイラが沖合に流れ込む時間を見計らって、網を投げるんだ。大きな網を、船頭の掛け声に合わせて『ソーラン!!』とね」


「はあ」


「そうするとだいたい、1日に200匹のミイラが取れるのだよ。私は名人、上手と呼ばれていたからね。

 それはそれは、『ミイラ取り上手の権平』として尊敬を集めていたのだよ」


「取った後のミイラはどうするんですか?」


「そうだな。大体20センチより小さいミイラは子供のミイラだ。リリースする。

 実際取るのは1mより大きい奴だな」


「……その間の大きさの個体はどうするのですか?」


「そこだよ。判断が難しい。

 お酒を飲ませて機嫌を悪くしたら子供のミイラだ。しかし下戸のミイラという時もある。

 この辺りの線引きを間違えないのが、一流のミイラ取りだな」


 北風が、貼り付けられた指名手配の用紙をを、ヒュルルと靡かせる。



 

 同刻、鈴木家のリビングである。

本日は学校はお休みの麻由が、部屋の掃除をしている顔でか胴長短足猫を小さい声で呼び出した。


「シャ?」


鼻歌を遮られてた猫は、掃除機の音を一度止めた。


「猫ちゃん。ドイツ行きたい?」


「……シャー」


「じゃあ、行こう! 今から行こう!」


「シャ!?」


「大丈夫、プリンちゃんも連れて。 今から行けば多分、お夕飯までには帰れるよ」


「シャ……どうやっていくじゃん?」


「わからないけど、電車に乗って、シンジュクまで出ればどこにでも行けるよ。大きなバスターミナルがあるの。きっとドイツにも行けるよ」


「シャー?」


「ちょっとお母さんたちに心配かけちゃうけど……お手紙も用意したからこれをテーブルの上に置いて……行こう!猫ちゃん!」


「シャ!?」


「ちょっとお出かけするだけだよ。きっと大丈夫だから。ね、行こう!」



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