たぬきの巡査
北風の吹く、冬の松原8丁目の朝である。
鈴木家の庭に面した道路に ヒュルル…… と木枯らしが吹いた。
その道路に面した電信柱に、『二人の』たぬきが、立派な事務机を一緒に運んでいる。
たぬきは、頭にローレルの葉を乗せている。
事務机には、引き出しがついており、机の上に、丸椅子2脚、黒電話が乗っている。
たぬきの片方が、電信柱の麓まで来ると、
「この辺りでいいんじゃ無いかね」
と言い、二人は事務机を電信柱の前に置いた。
「ここですか?」
もう片方のたぬきが聞いた。こうして見ると、引っ越しの最中に見える。
質問された方のたぬきは、慎重に、あちらこちらを指差し、確認し、
「ここだね。うん」
と答えた。
「いいじゃないか。電信柱だってある。君だってわかりやすいだろう。
それに……なんとなく『別役実』の世界観だ」
「はあ」
「趣があるだろう。まるで、『別役実』の世界観だ。じゃあ、着替えよう」
「はい」
たぬき二人は、事務机の引き出しから、制服を取り出した。
青い制服には、警視庁のマーク。胸には「police」と書いてある。
どうやら、この二人は警察のようである。
「着替えたかい」
「ちょっと……待ってください。ズボンに尻尾がつっかえまして……」
「早くしたまえよ。君。こんな時に事件が起きたら、市民の皆様を待たせることになるよ」
「はい……もういいや。自分、ズボンいいです」
「馬鹿! 警察ならズボンは履きなさい!」
「でもこれはどうにも……」
「サイズくらい調べておきなさい! そそっかしい」
「はぁ……。デカ長は滞りなく履けたので?」
「私かい?履けたよ」
片方のたぬきは、誇らしげにズボンを見せた。
「……同じサイズのはずなんだけどなあ……」
「……?なんだね! 君は! 自慢しているのか!? 自分の尻尾の大きさを!」
「そんなつもりはありません! ただ、事実として、僕と、デカ長の尻尾のサイズには階級の差があるようです」
「階級の差だと!? 階級の差と来たか! やっぱり自慢じゃないか! ダメだダメ! 履け! ズボンを履け!」
「えー……」
「電話も、つながるようにしておけよ。あと、犯人をもてなすための、カツ丼を調達する店も見繕わないといけない。
やることはいっぱいあるぞ」
「……犯人をもてなすのです?」
「そりゃあそうだろう。犯人だって、わたしたちからすればお客様なわけだからね」
「はぁ……」
「ズボン、履けたか」
「履けました。窮屈ですけど」
「一言多いんだ君は。私が『ズボンが履けたか?』と聞く。君は『履けました』と答える。
それだけのことじゃないか。その後に色々つくから、話が面倒くさくなるんだよ」
「はあ……」
「よし、じゃあ体操から始めよう」
「……はい」
たぬき二人は、お互い距離をとり、腕をよく伸ばして背筋のを伸ばした。
「たぬきの巡査がポンポコリン!」
「ポンポコ、ポンポコ、ポンポコリン!」
「寒い朝でもポンポコリン!」
「ポンポコ、ポンポコ、ポンポコリン!」
次に、腕を左右に振って、脚を曲げて伸ばす運動をした。
「暑い朝でもポンポコリン!」
「ポンポコ、ポンポコ、ポンポコリン!」
「市民のためならポンポコリン!」
「ポンポコ、ポンポコ、ポンポコリン!」
次に、腕を大きく回して、腕や肩の筋肉を伸ばす運動をした。
「警察はー?」
「暴力装置!」
「犯人はー?」
「お客さま!」
次は、左足を横に開き、胸を大きく逸らす運動をした。
「疑わしきはー?」
「罰せず!」
「出る杭はー?」
「無視! 無視! 無視!」
「よし。体操終わり」
片方のたぬきは、今の動きでズボンのお尻に穴が空いたようだった。
空いた穴から尻尾が出てくる
「あ、やっぱりだめだ。ダメでした」
「馬鹿者! しまえ! それ!」
「しかしサイズが……」
「警察官がそんなんじゃね、いけませんよ! はしたない!」
「はしたないですか……」
「仕方ないな。明日、昨日辞めた田口くんのズボンもらってくるから。彼のならサイズが合うだろう。今日は、極力隠しなさい。はしたない」
「はい。ところでデカ長。我々はここで、何をするのです?」
「うん。上からの命令に従うんだ」
「上からの命令ってなんです?」
「聞いてないのか!」
「すいません!」
「怒っているのではない! 君に質問をしているのだ!」
「すいま…… は?」
「君が聞いてないなら、誰が我々の職務内容を把握してるのだと。つまりはそう聞いているのだ」
「え……困ったな。デカ長知らないんですか」
「デスクの引き出しを見てみよう。日誌に何か書いてあるはずだ」
「あー、はい」
たぬき達は、デスクの引き出しの一番上の段から、『日誌』と書かれたノートを取り出した。
片方のタヌキが1ページ目をめくり、音読する。
「『伝令。警視庁。
以下の両名は、怪異特捜班に所属とする。
たぬき権平地域課長。
たぬき・アレックス・クロスフィールド・万波・ランスロッド巡査。
怪異特捜班の任務は以下のとおりである。
特定怪異と認定したものに、職務質問を行った後、『怪異ステッカー』を貼り、
怪異が人界に交わっていることに1分間小言をいうべし。
なを、特定怪異の認定の判断は、地域課長に一任するものとする』」
「ふうむ」
たぬき達は、机の前で考えているふりをした。
そこに……
「アー!」
と、カラスが飛んできた。どうやら、付近のゴミを漁りにきたのだろう。
「デカ長!! カラスでございます!!」
「うむ。カラスだな!」
「あれは怪異にございますか!?」
「いや、カラスは怪異ではなくて、鳥類だ。もしくはカラス類だ」
「でも、カラスは蹴ってきます! つつく個体もあるそうです! それは怪異では無いですか!?」
「君の言うとおりだ。慎重に観察しよう」
たぬき二人は、電信柱に隠れ、カラスの様子を観察した。
カラスはタヌキ二人を見つけると、
「アー」
と鳴いた。
「デカ長!」
「なんだ!」
「こちらに向かって鳴いております! 攻撃の意思があると言うことでしょうか!?」
「うむ……カラスはな、人の顔を二人までは覚えると聞く……」
「じゃあ! じゃあ僕たちは顔を覚えられたわけですか!」
「そう言うことになるな」
「こうしちゃおれません!! ステッカーを貼ります!」
「まちたまえ! 君はそう言うそそっかしい所があっていけない。ただ烏がこちらを見て鳴いているだけではないか」
「でも顔を覚えられました!!」
「アー」
「……うん。確かに顔を覚えられたかもしれん。しかしまだ攻撃をされてはいない」
「攻撃されてからでは遅すぎやいたしませんか?」
すると、カラスは、「アー」と飛び立っていった。
「ほら! みろ! 怪異じゃなかっただろう! 私がいなかったら今頃君は、無罪な動物にステッカーを貼るところだったぞ!」
ポト……と、たぬきのデカ長の頭の上に白い何かが降ってきた。
「「あ」」
電線の上にいるカラスが、「アー」と鳴いた。
「貴様!! この怪異め! 降りてこい!! 警官侮辱罪だ!!」
「デカ長! デカ長! 落ち着いてください!!」
…… ……
二人のたぬきは、机の上の整理が終わり、どちらがどちらの丸椅子に座るか決めたところで、朝ご飯を食べることにした。
どんべいの狐うどんだ。
巡査の方のたぬきは、ローレルを乗せて食べているが、
デカ長の方は先ほど、カラスのフンをかけられたため、ローレルを捨ててしまった。
デカ長は恨めしそうに、巡査の狐うどんをみている。
「デカ長。 デカ長」
巡査の方のタヌキが、うどんを啜っていると、神社の方から何かがこちらの方にやってくるのが見え、デカ長に話しかけた。
「なんだね」
「あれ……なんでしょう?」
「君ね、会話に主語がないのは致命的だよ。あれとはなんだあれとは」
「いや、デカ長そんなことより、見てくださいよ」
「今のはいいよ。『デカ長』って主語があったから」
「いいから見てください」
「見るよ」
デカ長が振り向くと……
身の丈4尺ほどのガマカエルが、ぴょんこ、ぴょんこと、神社の方から目の前の大きな庭に向けて飛び跳ねてくる。
「デカ長。あれは……なんでしょう?」
たぬきのデカ長は、目の前の景色に圧倒され、きつねうどんを溢してしまった。
巨大なカエルが、二人の目前まで迫ってきた。
「でででデカ長。 これは怪異ですか!?」
「ま、待て。待て。素人感覚だと間違う!」
「こんな大きなカエル見たことありますか!?」
「しかし、……考えようによってはただのカエルじゃないか! 何も危害を加えないのなら……それは、いいじゃないか!」
「ですがこれはどう考えても……」
カエルは、タヌキたちを見ようともせず、通り過ぎようとしたので、若い巡査の方が……
「君、君」
カエルを呼び止めた。
「グア」
カエルは、立ち止まり、面倒臭そうにタヌキ達を見た。
「いやあ……迫力がありますなあ。普段、何を食べているのですか……?」
引き止めたはいいものの、巡査は何を喋ったらいいのかわからず、世間話をはじめてしまい、
カエルは面倒臭そうにそっぽを向いて、去っていってしまった。
……
「デカ長」
「なんだね」
「……職務質問、しなくてよかったんですかね」
「うん……まあ、次からだな」
ヒュルル……と、電信柱に風が吹いた。




