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特攻の女尼



「ボーソー族だ!!」


どこからそんな言葉を覚えてきたのか、真由が大声を出した。


鈴木家にやかましい大型バイクの排気音が流れ込んでいる。


問題は……今が朝の六時半で、音は鈴木家の庭から聞こえてくることである。



警察を呼ぶことはすでに諦めた。

というのは、この間の麻由の失踪事件で交番に立ち寄ったら、交番の中にはたぬきが駐在しており、きつねうどんにローレルを乗せて食べていたのだ。


そのような怪異が松原の治安を守っていたのだ。それは……怪異が野放しになるわけだ。


兎にも角にも騒音は迷惑以外のなんでもないので、宏明は諦めてとりあえず庭に出て文句を言うことにした。


……怪異のせいですっかり朝方の体質になってしまった。


麻由も暴走族をはじめてみるからなのか、ついて行きたいなどと言う。教育上よろしくないので正直困るのだが、本人が頑なについてくるので仕方なく同行を許可せざるをえなかった。



勝手口の扉を開け、けたたましい音のする庭を覗いてみた。


そこには…… ……


ヴオンボボボ!! ブオンボボボ!!! ヴオンヴオンヴオン!!!



ピンク色の特攻服を着たヤンキーが乗っていたのは、褐色の大きな馬だった。


馬から、630ccのバイクの排気音がする!どこからそんな音が出てるのか……


ヤンキーは馬にまたがり、排気音を撒き散らせながら庭をぐるぐると走行している。


モヒカン、と言っても最近のソフトモヒカンではない。


例えるなら、痩せてた頃のティム・アームストロング、

例えるなら、『タクシードライバー』のロバート・デニーロのようなモヒカン姿で、薄く青いサングラスをかけ、ピンクの特攻服にはなんと読むのかわからないが『女尼』と描いてある。


速度は70キロは出てるのであろうか。馬は風をきり、


庭のコーナーに達すると男は、馬体を傾け「キィィ!!」と言うドリフト音を響かせながら角を『攻めて』いた。



 一番望ましくないのは、麻由が彼に興味を持ってしまってそうなことである。


どうしよう……麻友があんなになったらどうしよう……


宏明が目の前の光景の情報量の多さにたじろいでいると、目を輝かせた娘が『女尼』に声をかけてしまった。


「おはようございます!!」


輩にそんな丁寧に挨拶することないじゃないか……


すると『女尼』……おそらく『ジョニー』と読むのかな? は、麻由に気づいて、馬を止めた。


馬からはまだ、「ドルドルドルドルドル……」とバイクの排気音が聞こえる。


「……いい天気だナ? 嬢ちゃん」


『ジョニー』は馬ごと麻由にゆっくり近づき、麻由の前までくると


「ブオオン!!」と言う排気音を撒き散らせて馬体の前輪、否、前足をウイリーさせて見せた。


「わあ!!」


麻由はまるでサーカスでもみているかのように目を輝かせている。


「嬢ちゃん。『アクセル・ミュージック』は好きかい?」


「なあに?音楽?」


「全開ブリバリじゃあ!!」


ヴオン! ヴオン! ヴオン!!


『ジョニー』は馬から大騒音を出し、馬ごとぴょんこぴょんこと飛び跳ねた。宏明はうるささのあまり思わず耳を塞ぐ。

そして、


「神聖な音楽アーティスティック・ラプソディだヨ?」


と麻由に言った。


「ねえねえ!お兄ちゃんはボーソー族なの!?」


「族ゥ?俺にはチームなんてネェよ……?俺はあくまで暴走はしり屋でありたいと思ってる」


「どう違うの?」


麻由が聞くと、『ジョニー』は突然、遠い目をした。


「俺は探してるんだよぅ……?限界速度スピードの臨界点(向こう側)を……」


「でもあまり早く走ると、転んじゃうよ?」


「事故る奴は……不運ハードラックダンスっちまってスターライツになっちまったのサ……」


ここで、初めて馬が「ヒヒン」と鳴いた。


『ジョニー』は自分に感極まって、さらに声が小さくなった。


「俺はいつでも命張って暴走はしっ…… …… …… ……ってんだよぅ?

 この『カワゴエ シービーエックス』でよぅ……」


宏明は我慢できず、思わず


「馬だろ」


と言ってしまった。


『ジョニー』のサングラスの奥の目の色が変わり、こめかみに血管が浮き出る。


「知ったかすんなシャバ僧!! こちとら五千馬力ブリバリじゃあ!!」


すると突然馬から排気音が爆音で流れ出す。どういう仕組みなのだろう?

 

「ひぃ! ごめんなさい!」


突然荒ぶりだす『ジョニー&馬』に臆することなく、麻由は馬を撫で出した。


馬が「ヒヒン」と鳴く。


「ドエレー、COOLだろ……?」


「1匹で五千馬力なの? なんか面白いね」


麻由がそういうと、『ジョニー』はまた、自分の世界に入ったのか、小声になった。


「俺ぁよう…… 俺ぁよう……、

 コイツ(特攻服)を背負って、死ぬときもコイツのっかっ…… …… …… ……って、そうキメてンだよぅ?

 嬢ちゃんは、『ソイツ』のために命はれる物……あるかい?」


「んー……」


暴走はしれ! シービーエックス!!」


「ブォォォン!!!」


突然、『ジョニー&馬』が排気音を響かせて爆速で庭を駆け回った。

あーうるさい。あー迷惑だ。

なのに麻由ときたら、まるで珍しいものでも眺めるかのように馬が駆け回るのを眺めていた。


そして、再び麻友の前で急停車、否、停馬した。

馬が「ヒヒン」となき、麻由にすっかり懐いたのか頭を擦り付けた。

キャッキャと麻由は大喜びである。



「珍しい(ストレンジ・シチュエーション)ナ……?ソイツが触らせるなんてよぅ……」


『ジョニー』はまた、遠い目をした。


「嬢ちゃん……。青春アオハルは、……ちげーか……。青春ブルース・スプリングスティーンは……

 一瞬スピード暴走ボーン・イン・ザ・パンクだよぅ……?

 迷ってるうちに、手からガラスのようにこぼれ落ちちまうのサ……」


……さっきから何語を喋ってるのだろう?この男は。


「その、一瞬の煌めき(ジャンピング・ジャック・フラッシュ)を、逃しちゃいけないんだゼ……?嬢ちゃん。

 嬢ちゃんは今、輝いてるかい?」


「んー。よくわからないな」


「マアそうだよナ……迷う(ラビリンス)も、若さ(スメルスライクティーンスピリット)だよナ」


「ヒヒン」


麻由は、男の特攻服に書いてある『女尼』に興味を持ったみたいだった。


「それがお兄さんの名前?」


「これかい?」


男は、『女尼』を誇らしげに麻由に見せた。


「これは暴走はしりの神様ファーザーが俺につけてくれた洗礼名サ……」


「なんて読むの?」


「これかい?」


ここで、宏明の第六感が嫌な予感を察知し、『女尼』が息をたっぷり吸い込むのと同時に麻由の耳を塞いだ。


「オ○ニー」


あぶねえ!!


「え?なんて言ったの?」


「二度とは言わねえんだよぅ……洗礼名は気安く何度も呼ぶもんじゃネェんだゼ?……ごめんナ?嬢ちゃん」



遠い目のまま、モヒカンが風になびいた。






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