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怪異も寝静まる夜 上

 

夜である。


どこの家でもそうであるように、屋根の高さが3寸下がり、

どこの川でもそうであるように、利根川の水嵩が数センチほど上がるのである。


一言で言うなら、人々が寝静まった、 しん とした夜である。


しん とした夜においては、宏明が唯一的に足を伸ばして横になることが許される時間である。

誰に縛られることなく、傍の温もりを感じながら、深い眠の森の世界に通ずる扉の取手に手をかけた瞬間であった。


「パパー」


……久しぶりの感覚だ。深夜に麻由に起こされるなんて。


「……トイレ行きたいの麻由?」


「そうだけど、違うの」


宏明は、目を擦り、体を起こした。


「お風呂場から音がするの。怖くてトイレにいけないの」


「……バカ猫に連れてって貰えばいいでしょうに」


「それが、猫ちゃんオバケが怖いって言って部屋で震えてるの」


は!?お化けからすれば、怪異顔でか胴長短足舌足らず歯足らず猫が怖いと思うが。

……しまった。つい癖で、お化けがいる前提の想像をしてしまった……。習慣とは怖い。


「きっと皇帝ペンギンだよ」


「ペンペン父さん、パパの隣にいる」


宏明が傍に目をやると、ナイトキャップを被った皇帝ペンギンの怪異が宏明に抱きついていた。


何やら寝言を言っている。


「やーん。間男に迫られて皇帝の貞操があぶな……」


宏明は、ゲンコツをペンギンの頭に落とし、ペンギンを引き剥がした。


「パパー。みに行ってよー」


宏明は重たい腰をなんとか持ち上げた。


幽霊が怖いのではない。


1m越えのヒキガエルや、大谷翔平とほぼ変わらない図体の猫に抱きつける麻由が、何に怖がっているのか合点がいかなかった。


部屋を出ると、噂をすれば巨大な猫の怪異が早速入口を塞いでいた。


「わあ!」


と思わず声をあげ、向こうも


「しゃあ!!」


と大きな音を立ててひっくり返った。


「脅かすなジャン!バカ!!」


猫も猫で麻由が心配できたのだろう。


「猫ちゃん! パパについて行ってあげて!」


「コワイジャン……」


怪異猫は身の丈2mの巨体をガタガタ震わせながら、プリンちゃんをぎゅーっと抱きしめて震えている。


「お化けだったら怖いジャン」


怪異猫の目から雫が溢れた。


……君はお化けじゃないのかい?寝ぼけた頭で宏明は思った。


人間に限らず全ての生ける動物はえてして、自分のことが見えてないのである。


「わかったわかった。ちょっと見てくるから」


これはさっさと片付けた方が話が早い。と宏明は寝室から出ようとすると、


「待ってパパ!」


「何?」


「猫ちゃん!ついてってあげて!」


「怖いジャン……」


「ついてってあげてよ! パパ弱っちいんだから!」




……幽霊よりも、娘のその一言がショックだった。



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