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弱者の盾 上


ちまたでは、すっかり寒くなったと言われているが、


冬に入ったら入ったで突然5月上旬の気温になり、「小春日和」なんて言葉がいきなり囁かれ始た。そんな松原の夕方のこと。


麻由は、この日久々に家に遊びにきてくれたカエルと、柴犬と、顔でか胴長短足口悪怪異猫の四人で庭に集まり、ピクニックごっこをしていた。


麻由は、靖子が用意してくれたレジャーシートを広げ、全員分のおやつを広げ、水筒に入ったココアを飲み、

其の横では時折、カエルが巨体の腹を手でボリボリとかきながらボーッと空を眺めていた。


猫は、宏明のクレジットカードを勝手に使い、この日のためにキャンプ用具の割りといいものとハンモック、チェアー、クッカーを購入し、


今は犬と共にテントを組み立てるためのペグ打ちをしている。


「テントの向きソッチじゃないジャン!! 夜中、風向き次第でテント飛ぶジャン!! お前もっと頭使うジャン!!

 あとペグの打ち方甘いジャン!! キャンプ舐めんなジャン!!」


「ワン!」


猫が犬に声を荒げる。まるで建設現場の親方だ。


麻由は最初からそんな気など毛頭ないが、猫は今夜は一晩ここで寝るのだと言い張る。


しかしどうせ『寒すぎる』などと言って、家に帰ってくることを予感していた麻由が、


「そんなのいいから、こっちでおやつ食べようよ」


と猫に提案したが、猫は小難しい顔で振り返り、


「キャンプ舐めんなジャン!キャンプの怖さ舐めんなジャン!」


と言った。


別にキャンプをしたいわけじゃないんだけどなあ。と麻由は思ってたが、


猫はもうスイッチが入っており、『キャンプしたさ』が脳の大半を占めてしまっていた。





 今日のオヤツは、靖子が商店街で買ってきてくれた、焼きたてのドーナッツ。


カエルは一息に丸呑みし。麻由も食べ終わってしまい、猫と犬の分が残っていた。


「猫ちゃん。冷めちゃうよ?」


麻由の忠告も虚しく、猫は相変わらず猫の額にさわやかな汗をかきながら手を動かしていた。




 ふと、麻由は視界の端に違和感を感じ、猫のためのドーナッツに視線を移した。


……さも当然のように、成人男性の拳ほどの大きさのハムスターが、猫の分のドーナッツを前足で後生大事に抱えながら、ハムハムとドーナッツをかじっていた。


「あ!! だめ! それ猫ちゃんの!」


「シャ?」


麻由と猫がハムスターに気付き、ハムスターの方も二人からの視線を感じ取った。


……すると、ハムスターは、聞こえるか聞こえないかのか細い声で……


「あ…… あ……わあああ……」


目と口を大きく開き、下顎をガクガクと震わせ、


その震えが全身に伝わったと思ったら、目から涙を浮かべた。


「わあああ……あ……あ……」


麻由は、なんだか自分が悪いことをしたのかと思ってしまった。


「あ、違うの! 怒ってるんじゃないの! 」


「わああああ……」


小さなハムスターの震えが強くなり、


鼻水と大粒の涙を流し始た。


「お前! ドーナツ返すジャン!!」


巨体顔でか短足口臭猫が、打席で危険球を投げられた直後の外国人野手よろしく、ハムスターに詰め寄ると、


「ひぃ……わああ……あ……ああ……」


ハムスターは白目を剥き出し、震えは今や痙攣になろうとしていた。


「猫ちゃん! いじめない!!」


「シャ!?」


「ハムちゃん。ごめんね、怒ってるんじゃないの。ただドーナッツを返して欲しいの」


「あ……あ……ああ……」


麻由が優しく諭したことによって、ハムスターは黒目が戻ったが、

相変わらず口は大きく開いたまま、アウアウと波打っており、大粒の涙がボロボロと溢れている。


「ね。怒ってないから」


「猫ちゃん怒ってるジャン!!」


「ひぃ……わあああ……」


「猫ちゃん!!」


小学2年生の小柄な少女麻友は、怒れる2mの猫と、『圧倒的弱者』を盾にしている食い意地のはったハムスターという面倒臭ささの二代巨頭を相手にしなければならなくなった。




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