表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/59

左向きのシャチ 下


「なかなかいい線いってるアルよー♪ でもこれだけじゃダメある。

 アパヂャイズムに、こんな思想があるアルよー♪

 『怖がったなら、その分可愛がろう』」


「え、結局可愛がるの?」


「順番がー♪ 肝心アルよー♪ まず怖がる、そして次に可愛がる。

 語呂感で覚えるアルよー♪『怖!かわ!』

 ……アパヂャイに限らず人間関係もだいたいこれで乗り切れるアルよー♪」


麻由に変なことを教えるな!芝生で悶絶しながら宏明は心で叫んでいた。


「やってみるアルよー♪

 シャッチーがー♪こっちのヒレを上げたらー♪ 『そして、かわ!!』」


シャチが、先ほどとは反対側のヒレを挙げた。


すると麻由は、言われるがままに、「そして、かわ!!」


というとシャチは、全長4mの巨体ごと地上に乗り出し、真っ白いお腹を麻由に見せた。


「合格ー♪ 特別にー♪ お腹撫でさせてやるアル」


「やったー!」


猫が甘える時のゴロゴロゴロゴロ……という音よろしく、


シャチシャチシャチシャチ……と鳴っている。本物のシャチはこんな音は出さない。多分。


麻由がひとしきりシャチのお腹を堪能していると、シャチは寝返り、宏明を見た。


そして、あざとくヒレを振った。


これ以上ビンタを食らったら怪我をしかねない。宏明は反抗を諦めて、


「かわ」


と手を振り返した。


シャチがスイーと宏明の方に泳いでいく。


そして、宏明の側に上陸すると……


「修正ー♪」


一発、巨大なヒレの張り手が宏明の右半身を捉え、


さらに一発、バックフィンとでも言えばいいのだろうか。返すヒレは宏明の左半身を打ち据えた。


要はシャチの往復ビンタだ。


「ぎゃあー!! なんでだー!!」


宏明は床に転がり、悶絶している。


「お前はー♪ さっき挨拶返してないアルよー♪

 『こわ! かわ!』と覚えろと言ったはずアル。ちゃんと怖がるところからやるアルよー♪」


うずくまっている宏明に、シャチはバシャバシャと土をかけた。


「身に刻むアルなー♪ 横着しちゃ駄目アルよー♪ 『ハガデガヂャラ遺跡も最初の石底から』ということわざがあるアルなー♪

 そんなことでは立派な思想戦士になれないアルよー♪」


「思想の押し売りはやめてくれ……」


「そういうなアルよー♪ 左むきのシャチはー♪ 労働者に厳しいアルよー♪

 だけどそれは愛故アル。不器用な『左向きの愛』アルなー♪」


シャチは尚も両ヒレでもって宏明に土を被せていく。


無情に、宏明に土が積もっていく。


「やめて! パパをいじめないで!」


そうだ。パパをこれ以上いじめるな。宏明は降り積もる土で涙を隠していた。


シャチは、ヒレの動きを止めて、スイー……と麻由の方に泳いでいった。


「少女同志、よく聞くアルよー♪

 ここでー♪ シャッチーが愛を教えることはー♪  後々の悲劇を避けるためアルよー♪」


「どういうこと?」


「一見、相手が怒っているように見えてもー♪ それは違う脅威から守っている行為でもあるアルなー♪

 ここにー♪人間関係の難しさがあるアルよー♪」


「でも叩いちゃ駄目でしょ!」


麻由の一言に、シャチは思わずたじろいだ。


シャチは、何かを言い返そうとするが、言葉が出ず口をパクパクし、


口寂しいと思ったのか土を口に含んで芝生を食い出した。


おお。あの弱虫な麻由が、体格差4倍ほどの海のギャングと互角以上に舌戦を繰り広げているではないか。


麻由は険しい顔でシャチに仁王立ちし、


「シャッチー! パパにごめんなさいは!?」


麻由から、ほのかに妻である靖子の面影を感じる。 

もしや、今朝から心配していた麻由に対する心配は、それこそ余計な心配だったのかもしれない。


宏明の涙の理由が変わった。


シャチはバツが悪そうに、スイー……と宏明のそばまで泳いでいき、


「ごめんなシャッチー♪」


と、ウインクしてヒレを振ってみせた。あざとい。


そして左ヒレを差し出した。


「左手でー♪仲直りの握手アルよー♪」


土男となった宏明は、眼鏡の泥を落とし、左手でシャチのヒレを握った。


兎にも角にも、まずは着替えよう……宏明が勝手口から家に入ろうとした刹那、


「パパ!!」


と娘に呼び止められた。


「はい?」


「駄目でしょ! どろんこで家に帰ったら! ママに怒られるよ!!」


その通りだよ。我が子よ。だけれども如何ともし難いのだよ。


「シャッチー、洗ってあげて!」


「はいアルよー♪」


シャチは口を大きく開き、口から滝のようなカルキ臭い真水を放水した。


冷たいが、まあこれもよしとしよう。おかげで涙も洗い流せるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ