7、明かされる真実
奈月が魔法使いへの覚醒を果たしてしばらく経った頃、、俺の意図しないままに懐いてくる奈月に折れた形となり、沙耶の事を全て話すことにした。
「先生……ドライブに出掛けるのは嬉しいんですが、どこに連れて行ってくれるのかは、やっぱり教えてくれないんですか?」
「着けばわかる、黙ってついて来い」
車のハンドルを握り、運転する俺と、助手席に座り、少し納得のいかない不満げな表情を浮かべる奈月。後部座席には「何でうちまで巻き込まれるんだ」と出掛ける前には愚痴っていた、今は子どもような無防備さで眠るアンナマリーの姿があった。
固い表情でほとんど何も説明のないままドライブへと連れだした俺に、奈月はこの先に持ち受けるものが何かずっと分からず、思い悩んでいるようだった。
「先生のことがあたしは好きです、最初に助けてくれた時から。
このまま、目的地に着いたらずっと好きでいていいのか分かるんですか?」
奈月の問いにも俺は答えず、覚悟を決めて目的地を目指した。
二時間以上走行し、目的地に到着して三人で車を降りる。
そこは人里離れた海辺に佇む病院だった。
奈月とアンナマリーが俺の後を付いてくる。
自分のしようとしていることが正気だと思えなかったが、ただ、二人なら”もしかして”と願わずにはいられなかった。
病院の奥の方に位置する病室に入る、静かな病室には白いベッド以外にほとんど家具はなかった。
目を惹くのは壁に飾られた何枚かの額縁に入った美しい絵画。
ジョン・エヴァレット・ミレーが描いた美術絵画、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』を題材にした『オフィーリア』の複製画とその横に沙耶が描いた裸体の男女が手を差し伸べ合う象徴主義的な絵画が飾られている。
沙耶は俺が出会ったが頃からスピリチュアルな幻想的世界観を想起させる絵画を描いてきた。それには俺も感化されていたものだ。
何度も出入りした病室、俺は二人をベッドの前まで案内した。
奈月が風で揺れる白いカーテンのそばで眠り続ける女性を目にし、口を抑えて驚きを隠せず声を上げた。
「先生……あたしにそっくりです。この人は誰なんですか?」
そう言いたくなると、予想は出来ていた。この病院のベッドで眠り続ける沙耶は今もなお奈月に似ているから。
「清水沙耶、俺の婚約者だ」
必死に平静を保ち、俺は震えそうになる声を抑えて奈月に言った。
今にも目を開き、起き出しそうな美しさを保ったまま眠り続ける少女。
彼女はあまりに奈月に似ている。
「どうして……これが現実だって、信じろって言うんですか?!」
「そうだ。沙耶はずっとここで眠っている、何をしても起きる気配がない」
俺の言葉に崩れ落ちる奈月。
今までの日々の中で疑問に思っていたことの全てがこの瞬間に繋がってしまった絶望に、奈月は耐えられなかった。
アンナマリーは奈月に掛ける言葉が見つからず、近寄ることさえ出来ない様子だった。
「それで、先生はどうしてうちらを助けた? どうしてここに連れてきた?」
いつも一緒にいる、仲の良い奈月が目の前で傷ついている。アンナマリーがじっと我慢できるはずはなかった。感情を押し殺すように言った言葉に俺は沙耶の頬を優しく撫でてまだ生きている感触を確かめると、アンナマリーの問いに答えた。
「俺は沙耶の眠りを覚ましてくれる除霊者を探している。
沙耶は無視できない危険なゴーストを自身の身体に封じた。
そうしなければより多くの犠牲者を生むことになっていたからだ。
沙耶は自身の精神世界の中にゴーストを封じ続ける代償で永遠の眠りに落ちている。
目を覚ます方法は医学的には存在しない。沙耶の精神世界に入り、原因となったゴーストを取り除くことしか、沙耶を救う方法はない」
「それでずっと探していたのか……そのゴーストに対抗できる能力者を」
「そういうことだ。除霊には高い干渉力が必要になる。ゴーストに負けない精神力もな。だからゴースト退治を続ける二人には期待していた。
沙耶はもう一年近くこうして眠り続けている。まだ沙耶のことを俺は諦めることが出来ない」
「分かったよ、やればいいんだろう。奈月を泣かした弁償は高くつくから覚悟しておけよ」
ショックで泣き止まない奈月に代わって、アンナマリーは迷いなく率先して除霊を試みた……だが。
「ダメだ……干渉できない……。こんなに強い拒絶反応を受けたのは初めて……」
強い抵抗に遭い力不足を実感させられるアンナマリー。
額から大粒の汗を流し、伸ばした手はずっと震えている。これ以上干渉を続けるのは危険だった。
「もういい……すまなかった」
「なんでだよっ!! 先生が愛してる女なんだろう!! 簡単にあきらめるんじゃねぇよ!! こんなの、全然苦でも何でもねぇんだよっ!!」
もうトランス状態に入っているのか、歯止めが効かず眠り続ける反応のない沙耶の前から離れようとしないアンナマリーを俺は必死に引き剝がそうと両手に力を込めるが激しく抵抗された。
さらに強い力を込め救い出そうとするアンナマリーの表情が強張り、伸ばす腕の血管が浮き出始めたところで、奈月は堪らずアンナマリーに抱き着いた。
「マリーちゃん!! 先生の言うことを聞いて!! それ以上は危険だよ!!」
奈月が腰を掴み、俺と一緒に引っ張ってくれたことで、アンナマリーはようやく魔力の放出をやめ、そのまま引っ張られるように後ろに倒れこんだ。
一緒にその場に座り込む奈月、肩で息をするアンナマリー。奈月より遥かに強い干渉力を持つアンナマリーがこれだけ必死になっても効果がなかったのだ。もうこれ以上続けても、何の意味もないと認める他なかった。
ここまでやってどうにもならないことへの痛みか、沙耶の眠る病室を見るのがさらに苦痛になった。
俺は我慢しきれなくなり、病室を出ようと背を向けて扉へと向かった。
そんな俺の姿を見てアンナマリーが口を開いた。
「この結果を見て、先生はこのまま諦められるのか……?」
俺はアンナマリーの言い放った言葉に胸が引き裂かれそうになるが、何とか堪え切って病室を出た。