6、地獄絵図
「先生は……どうしてこんな絵を描くんですか?」
俺の描く絵画に納得していない様子で奈月はにじり寄って来て言った。
展覧会に出す作品でも賞に出す作品でもなかったが、チューブ絵の具で描かれたキャンパスの絵に久しぶりに筆が乗っていたので俺は満足していた。
絶望に包まれた地獄を描いた絵画、そこには地雷で足を失い、貧困に喘ぐやせ細った人々の虐げられる姿がおどろおどろしい背景と共に、恐ろしくリアルに描かれていた。
「人に見せないためだよ。この絵が人の目に触れないため。そのために目を伏せたくなる危険な絵を描いている」
「答えになっていないです……先生は何に苦しんでおられるんですか?」
しつこく”描く意味”の説明を求めてくる奈月。小難しい芸術家の一人である俺は危険な絵も時に描いていた。
「奈月、もういいじゃん、こんな根暗教師の相手なんかしないで学食行こうよ?」
空腹に耐えかねた白い靴下を履いたアンナマリーが黒いニーハイソックスを履いた奈月の手を引っ張り、そのまま奈月は連れていかれた。
成長著しい制服姿の二人は毎日見ていても見飽きることがない。
それは、大切な婚約者である沙耶に似ていたのだから当然だ。
もちろん、年齢だけでなく性格だって違う。だとしても、同じ学生服を着ていた沙耶の姿を思い出すと、自然と胸が苦しくなってしまうのは抑えようがなかった。
それから月日が流れても、奈月の俺やアンナマリーに対する興味が尽きることはなかった。
アンナマリーは普段から物静かで静止しているイメージが強かっただけに、戦いの時になると身体を俊敏に稼働させている姿は活き活きとして見えた。
それは彼女自身がこれまでに持ち合せてしまった超能力を発揮して、ゴーストを退治することで、人々の役に立つことが出来ることが存在意義になり得るからこそ、心を解き放つことが出来たのだった。
積極的に俺を巻き込んでアプローチする奈月の変わり者っぷりに影響され、徐々に心を開いていくアンナマリー。わがままでも、素っ気なくても感情を出してくれるだけで、声を掛けてくれるだけで奈月は自分の気持ちがやっと届いたのだと喜んだ。
だが、学園生活に慣れていき、ごく普通の女子高生として過ごすことが出来るようになっても、アンナマリーはゴーストと一人戦うことをやめようとしなかった。
「うちに寄ってくるこいつらが悪いんだ。
こいつらは憎くて仕方ないんだよ、人間のことも、あたしのことも。
理性の欠片もない、可哀想な奴だよ。
うちはこんなどうしようもない行き場のない怨霊に殺されるなんてゴメンだ。
それにこいつらの悲鳴を聞くと安心するんだよ。スカっとするんだよ。
だからやめたりはしねぇよ。
こいつらがいる限り、世のため人のため、うちは狩りを続けるさ」
そう言葉にして人の忠告に耳を貸すことはなく、恐怖という感情を知らず意志の固いアンナマリー。
そんなアンナマリーのためを想って、奈月は俺の助けを借り、アリスの神託を受けてアンナマリーと同じような能力を得られる魔法使いへと覚醒を果たした。
その選択をしたことで、奈月はゴーストに対抗できる力を得て、アンナマリーとコンビを組むことになった。
奈月の願いとはいえ、危険な事であることに変わりはない。
俺は……許されない行為であると思いつつも、霊感を持った奈月が沙耶により近づいていく事を望んでしまった。
アリスの神託を受け、魔法使いへの覚醒を果たした奈月は双剣を発現させ、二刀使いとして戦うようになった。
それはアンナマリーと共闘できるだけの力を求めた結果だろう。
俺は当初、懸命な奈月の熱意に負けて共に戦うことを受け入れたが、アンナマリーほど戦えると思っていなかった。
だが、元々運動神経が良かったからか、奈月は見る見るうちに強さを発揮するようになった。
ゴーストが視えるだけの精神的な弱さがあると思っていたが、力を得た奈月は心の強さを表すように、アンナマリーとの的確な連携を披露した。
自分を守る力を得ただけでなく、アンナマリーのパートナーとして成長していった奈月。
そうして二人の成長を見届けていく中で、俺は二人が夜な夜なゴースト狩りに出ることに対して、反対することをしなくなっていったのだった。