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1、太陽のような君と

 ―――2028年春


 まだ凛翔学園(りんしょうがくえん)の二年生だった頃、あたしはクラスメイトのアンナマリーという不思議な少女のことをマリーちゃんと愛称を付けて呼んだ。


 それは、ある庭園で心を失くしていたその少女が、じっとマリーゴールドの花を見つめていたからだった。



 自分の意思を持つことができず、自我の育たないまま心を閉ざしてしまったマリーちゃんはその日も庭園の白い木製の椅子に座り、孤独に佇んでいた。


 マリーちゃんはまだ咲き始めのマリーゴールドの花を見つめながら、偶然にもあたしが内藤邸(ないとうてい)を訪れた日も変わらない日常を過ごしていたのだった。


 内藤邸は内藤医院のすぐ近くにある、内藤医院院長の自宅で大きな庭園がある見るからに豪華な家だ。あたしは内藤医院の帰りなどにそこを通り過ぎる度、いつもその立派な庭園が気になっていたのだった。



「クラスメートだよね。ちょっと気になってたんだ。あたしは奈月、沢城奈月(さわしろなつき)だよ。アンナマリー・モーリンさんだよね?」


 

 暖かくなった春の季節、色とりどりに様々な花が咲き乱れる庭園で胸に手を当てて明るく声を掛けた。


 その日、いつものように通り過ぎようとすると、庭園に見覚えのあるクラスメイトが椅子に座っているのを見掛け、これはチャンスだと思い内藤邸に足を踏み入れた。

 あたしは驚かせないように、怯えさせないように気を付けたつもりだった。


 互いに凛翔学園の二年生で同じクラスメート。

 物静かで見惚れてしまうほど綺麗なマリーちゃんだが、その頃クラスでは浮いていた。


 転校生のように二年生から通い始めたことや、無口で生まれの国籍が違うことも影響したのだろう。

 だけど、あたしは一目でその魅力にとり憑かれ惹かれていた。出来れば仲良くなりたいと思っていた。


 上品な衣装で優雅に過ごしているというわけではなかったが、美しい庭園で一人佇むマリーちゃんはあたしから見ると魅力的だった。


 長いまつ毛にビー玉のように輝きを帯びた瞳。

 そして、手入れの行き届いた黄金色の艶やかな綺麗な髪は、マリーゴールドに似て見えた。 


「あぁ……保健委員の女」


 マリーちゃんは顔は動かさず、目線だけをあたしに寄せて見覚えがあることに気付いた。

 人混みが苦手で廊下で眩暈を起こしていたマリーちゃん。それを看護して保健室まで連れて行ったのがあたしだった。


「日本語話せるんだ……」


 保健室に連れて行った時は会話という会話をしてくれなかった経緯があり、あたしは驚いた。外見から欧米人であるにもかかわらず、自然な日本語で言葉を返したマリーちゃん。素っ気なくも棘はなく、穏やかさを感じた。


「日本語はマザーが日本人だから知ってる」

「お母さんのことはマザーと呼ぶんだ……」

「おかしいの?」

「おかしいかもしれないけど、今のままでも個性があっていいかも」


 愛想なく無表情に会話を進めるマリーちゃんは馬鹿にされていると思ったのか再び庭園の方に視線を戻す。あたしは嬉しくなって頬が緩んだ。


「その花の事が気になるの? マリーゴールドの花が」

「マリーゴールドっていうのか」

「うん、綺麗な黄金色の花を咲かせる、夏の花だよ」


 あたしは立派に育ったマリーゴールドの花を覗き込み、このまま季節が移ろっていくのを想像しながら話した。

 正確には黄・赤・オレンジの3色ミックスした色彩をしているのがマリーゴールドで色ごとに花言葉が違ったりする。


「ふーん、それで何でこんなところに入って来たんだ? もしかして不法侵入? 泥棒にやってきたとか?」


「そんなわけないよ! クラスメートの姿が見えたからつい入って来たんだよ! 綺麗な庭園で気になっていたのもあるけど、でもアンナマリーさんも庭園の花と同じように綺麗で気になってたよ!」


「えっ……もしかして、めんどくさい女に巻き込まれてる?」


 マリーちゃんはあたしの馴れ馴れしい態度にドン引きしているのか、迷惑そうに警戒していた。あたしが前のめりになって交流しようとする相手は美人限定だ。決してやましい気持ちがあるわけでも悪事を企んでいるわけでもない。


「あたしは正常だよ! せっかくクラスメートになったんだから、少しは親しみを持って接してもいいよね?」


「うちと一緒にいたって面白くないと思うぞ。

 まぁ、この庭園を見ていたいなら、好きにすればいい」


「うん、よかった、嫌われてなくて!

 好きにするね! こんな立派な庭園がある家に住めるなんて羨ましいよ!」


 すぐに親しくなれると期待はしていない、でも出会ったばかりのクラスメートの綺麗なマリーちゃんと会話が成立しているだけであたしは嬉しさで舞い上がっていた。

 この時、何も知らないあたしは庭園にいられるのが嬉しくてマリーちゃんと親しくなろうと思った。それに、孤独感が滲み出たマリーちゃんを放っておくのはよくないんじゃないかと最初から直感で思っていた。



 昼下がり、風が止んだ庭園での会話。それは、あたし達二人にとって大切なはじまりの思い出だった。



 黄金色の丸い形をした美しいマリーゴールドの花言葉はポジティブなものからネガティブなものまで多彩である。

 ポジティブな意味としては太陽神アポロンにちなんで「勇者」「生命の輝き」「変わらぬ愛」などがあり、ネガティブなものとしては「悲嘆」「悲しみ」などがある。

 花言葉自体が神話の時代から続き、人の感性が連想したものに過ぎないが、あたしはこうした花言葉を想うたび、マリーちゃんにピッタリだと思ってしまうのだった。



 初めてここでマリーちゃんの姿を見掛けた時、深い悲しみに暮れているような表情に見えた。それも、本人が悲しいと自覚できないほどに、深淵奥深くにまで続いているような印象だった。


 あたしはこの庭園が気に入り通っている内にこの内藤邸の所有者である院長と親しくなった。

 そして、マリーちゃんが養子として内藤家に引き取られた経緯を知った。

 院長は孤独に苦しむマリーちゃんに友達が出来たと喜び、あたしに彼女の事情を教えてくれた。

 きっと、信頼と期待を寄せてくれていたんだ……それほどに人の心は簡単に前向きにはなれないから。

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