とある大量殺人鬼の話
投稿忘れてました
あれ、ここどこだ?確か私、中田愛莉は【ホープダイヤモンド】を盗みに来ていて、【ヘルヤード博物館】に【ギャンブラー】と侵入した筈だ。
なのに今は何かの部屋で私は眠っていた。
「あ、目が覚めたんですね、【シルバー】。」
この声は…運寿?
声がした方向を見ると、【ホープダイヤモンド】を持った運寿と、それを盗もうとした時に割り込んできた少女、そして見覚えが無い顔の長髪の男が壁にもたれ、座って寝ていた。
「運寿に感謝した方がいいよ、私もあなたも彼に助けられたんだから。」
「待って、この状況は何だ。」
「ああ、あなたは間抜けに寝てたからね。何も知らないか。」
「お前を永眠させてやろうか。」
「ちょっとからかっただけだよ。で、あの時なんだけど...」
私は少女から起こった事の一部始終を聞いた。でもまさか私が一番最初に倒れてしまうだなんて情けない。あと、この少女は何でここまで付いてきてるんだ?
「それでね、中田さん。」
少女は私の名前を呼んだ。さっきも運寿の名を呼んでいたし、おそらく後で聞いたのだろう。
「私を、ここの仲間に入れて欲しいの。【ホープダイヤモンド】を盗むのにも貢献したし、だからっ…」
ああ、なんだそんな事か。最初は敵だと思ったが、信用できそうだし丁度仲間にしようと思っていた所だ。
「歓迎するよ、妹が欲しいなって丁度思ってたし。」
「い、妹っ…!?子供扱いしないでよ!」
「とまぁこれは冗談で、本当は私達は人手不足気味で、お前みたいな優秀な人材が貴重なんだ。」
「な、なら嬉しいけど…」
少女がそう言った直後、運寿が口を開く。
「中田さん、そろそろ彼も目が覚めそうです。」
彼…ああ、後ろに倒れている男の事か。そいつの事はさっき聞いた。キーパーソンがたまたま私達に気づくだなんて、【運】がいいものだ。まぁ、そいつに私は眠らされたんだけどな。
「わかった。後の事は私に任せてくれ、運寿。」
「はい、分かりました。」
私は男の正面に移動し、声をかけて起こした。
「起きろ。お前に話がある。」
男は、はっと目覚めるが、私達に敵意は向けなかった。賢い奴だ。
「お前の家系と、【ホープダイヤモンド】の話だ。お前の正体は運寿から聞いてある。」
「はは、やっぱり...ばれてますよね。」
男は、これから私がする話が分かっているようだ。既に【ホープダイヤモンド】と自身の関係性もうっすら気づいてるらしい。そりゃあ強いわけだ。
「その反応はやはり当たりのようだな。念のため聞くが、お前の正体はイギリスの未解決事件、切り裂きジャックの犯人...ジャック・ザ・リッパ―の子孫だな。お前の人間離れしたナイフ捌き、それは殺人鬼時代のジャックを彷彿とさせるからな。合ってるか?」
「...はい。」、と男は申し訳なさそうな顔をして頷いた。男はさらに続ける。
「俺、普段は偽名を使ってるんですけど、本当はジェームズ・ザ・リッパ―という名です。」
「まぁ、そんなとこだろうと思ってたよ。それと、お前には伝えなければならない事がある。だが、この話はお前にとってつらい話かもしれない。それでもいいか?」
男はうつむきながらも答えた。
「はい、俺は今まで俺の血筋を呪って生きてきました。だけど、俺は知りたい、何故俺の先祖が大量殺人を犯してしまったのかを、あのダイヤとどんな関わりがあったのかを。」
「分かった。それじゃあ、始めるぞ。」
全ての始まりは、19世紀半ば。とある娼婦が男を産んだ。だが、望まない妊娠であったり、生活資金も足らなかったりといった理由で、産後数か月ほどで捨てられてしまう。その捨てられた男こそが後のジャック・ザ・リッパ―だったのだ。だが、こういった事は当時は珍しいことでは無かった。
ホワイトチャペル教区はユダヤ人の受け入れなどで過密化し、労働条件がかなり悪くなってしまった。そういった背景もあり、女性は売春をするしか生き延びる方法が無い人がほとんどだった。その娼婦もこれらの例の一つだ。
その捨てられた男は【運】がいいことに、すぐに拾われて一命をとりとめる。だが、その人は殺し屋で、男は物心付いた時から殺人術を叩き込まれた。
男は天才だった。すぐに全ての技術を扱えるようになり、特にナイフの腕前で、男の右に出る者は居なかった。力を得た彼は、己を産み出し、捨てた母親に復讐をしようと、ホワイトチャペルの売春宿に乗り込む。
そして…ついに母親を見つけた。
男はナイフで…何度も、何度も刺し続けた。
辺りは血でいっぱいになり、男も服が返り血でびっしょりと濡れてしまった。
気が済むまで刺し続けた男はその場を去る時に、1つの木箱が転がっているのを見つけた。どうやら殺した母親の物のようだ。
男はなんとなくその箱を開けてみると、その中には1つの手紙と宝石が入っていた。
手紙には…こう書いてある。
『愛しの息子へ、あなたがこれを読んでいる時には私はもう殺されているでしょう。あなたが殺し屋に拾われた事、そして殺人術を鍛え上げられている事、全部知っていました。あなたを捨てた後に引き返したら殺し屋がいたんですもの、彼は、「この子は私が育てる。」と言いました。
だから私は彼に任せる事にしたんです。その後私がどんな目に遭うかを、分かっていながら。でも、殺されてもいいんです。あなたが幸せに暮らしてくれるのなら…なので、最期にあなたにこの宝石を渡します。【ホープダイヤモンド】っていう宝石らしいです。小さい頃に見つけた宝石で、いつか大切な人が出来たら渡そうと思っていました。だから私はそれを売ることが出来ませんでしたが、今はもうできたらいいの。
だからね、それを売ってあなたの資金にして下さい。あと、もし今のあなたに名前が無ければ、【ジャック】という名前をあなたに付けていいですか?最後までわがまま言ってごめんね。
どうか、幸せに。』
彼は後悔した。母親を殺す前にちゃんと話し合うべきだったと。これから大量殺人鬼となる彼でも、手紙を読んで大粒の涙を流していた。
彼は【ホープダイヤモンド】と手紙を持ち去った。だが、彼は【ホープダイヤモンド】を売ることは無かった。彼はそれを母親の形見として持ち続けることにしたのだ。
しかし、男は人の道を大きくそれることになってしまう。それは、男は悲しみのあまりこう考えてしまったのだ。自分のような不幸な人間がもう産まれないように娼婦を皆殺しにしよう、と。男はそれを躊躇無く実行した。娼婦達を片っ端から殺し、子宮を抜き取った。子宮を抜き取る行為は、望まぬ妊娠で産まれてしまう子供がいなくなってほしいという彼の想いがあったからだろう。
そう、【切り裂きジャック】の誕生である。
男は【切り裂きジャック】として、娼婦を殺し続けた。とある女性に出逢うまでは。
その女性も娼婦の一人であった。もちろん男は、その女性を殺そうとした。
だが、出来なかった。刺そうとしても手が動かないのだから。何故ならその娼婦には、男の母親の面影があったからだ。彼はナイフを手からこぼし、泣き崩れてしまう。
これには彼女も驚き、何が起こったのかを男に尋ねた。
男は全てを話した。
話を終えた頃には、彼女も涙を隠せずにはいられなかった。そして、彼女はこう言った。
「それは辛かったでしょう。あなたには共に過ごす仲間が必要です。そうだ、私と一緒に暮らしませんか?一緒に頑張って仕事を見つけて、精一杯生き延びましょうよ。」、と。
彼は了承した。それ以降は、【切り裂きジャック】による事件は起こらなくなったのである。
その後2人は家庭を築き、仕事も見つけ幸せに過ごしていた。だが、十年程経ったある日の事、ついに警察が【切り裂きジャック】の正体に気がつき、警察が彼らの家にやってきた。
彼は観念し、妻と子供に別れを告げる。だが、警察は彼を逮捕しなかった。警察は部屋に飾られた宝石を見て、欲に負けてしまったのだ。警察はこう言った。「これを寄越せ、そうすれば主人は見逃してやる。」、と。彼は渋々母親の形見であるその宝石を警察に渡し、捕まること無く生き延びることができた。
これが、【切り裂きジャック】事件が迷宮入りした原因である。
その後、【ホープダイヤモンド】を受け取った警察は帰りに事故に巻き込まれて死亡してしまう。警察は独り身だった為、宝石はその上司に渡った。だが、その上司もすぐに死んでしまった。このようにして【ホープダイヤモンド】は時代を巡り、やがてヘルヤード博物館に飾られるようになった。そして、【ホープダイヤモンド】が時代を巡ったように、【切り裂きジャック】の血も受け継がれ、今、ついに再会したのだ。
「しかし、この話には一つおかしな点がある。
それは、ジャック・ザ・リッパーが【ホープダイヤモンド】の呪いの対象外だった事だ。もしかしたら、母親が最期に遺した愛が、呪いの効果を打ち消したのかもしれないな。」
話を聞き終えたジェームズは、少し安心したように笑っていた。
「俺の先祖は、そこまで悪人じゃなかったんですね。」
「ジェームズさん、この【ホープダイヤモンド】、あなたが持つべきだと思います。彼の血を引いているあなただからこそです。」
運寿がジェームズに【ホープダイヤモンド】を渡した。
これで、本当の任務完了だ。
「それじゃ、私達は日本へ帰るとするかな。」
私がそう言ってその場を後にしようとすると、ジェームズが呼び止めた。
「待ってください。あなた達はスパイなんでしょう?俺はこのまま警備員として生きるよりも、あなた達に恩返しをして生きたい。だから、絶対何かの役に立つつもりなので、俺も仲間にして下さい。お願いします。」
ジェームズの目は真剣だった。断る理由は無い、人手不足だからな。
「大歓迎だ。それじゃ、よろしくな。」
「はい、こちらこそ。」
今回の任務は素晴らしい出来だったと言えるだろう。完璧に任務をこなしつつ、強力な仲間が2人増えたのだから。
こうして私達は、4人で帰路についた。