怪盗と宝石とナイフ
テスト期間だったから更新出来なかったー
翌日、俺達は【ホープダイヤモンド】を盗むのに必要になりそうな道具、(例:変装道具)を持って、イギリスに入国した。今回も前回と同じように裏ルートからの入国だ。
そして、予告通りの夜。今、俺達は問題の【ヘルヤード博物館】を前にしていて、侵入する隙が無いかを探っている所だ。しかし、これといって大きな隙は見当たらなかった。
「どうしますか、【シルバー】。少し強引に行くしか無さそうですけど。」
「いいや、これも計算の内だから大丈夫だ。この博物館は開館したばかり、おそらく警備員同士も初対面だろうな。そして予告状と来れば、もっと大量の警備員がここにいる筈だ。…名前も覚えられないくらいのな。」
思わず鳥肌が立った。まさかそこまで深く読んでいるとは、確かにこの状態なら警備員に変装しても不審に思われる事は無さそうだ。やっぱり、中田さんは凄い人だ。
「なるほど…そこまでは考えてませんでした。では、早速変装しましょう。」
中田さんの狙い通り、俺達の変装に気づかれる事無く博物館の中に侵入出来た。次は【ホープダイヤモンド】が展示されている所まで、怪しまれずに到達しなければならない。博物館の中の警備員は見た所、展示物がある部屋の中には入ったりせず、その周辺を監視しているようだ。おそらく展示物がある部屋にはセンサーなどの罠があるのだろう。
これはかなり手強い配置だ。だが、中田さんは臆する事は無く、むしろ笑っている。
「【ギャンブラー】、もうすぐ面白い事が起きるから、後はアドリブで動くぞ。」
「面白い事?」
俺が聞き返した瞬間、建物の外から大きな爆発音が聞こえてきた。いきなりの事だったので思わず背中を屈めてしまった。そして、間髪を入れずに中田さんが博物館全体に聞こえるようにこう叫んだ。
「【シルバー】だ!奴は外にいる!直ちに追え!」
その声を聞いた警備員達は闇夜の灯りに虫が突っ込むように、博物館の外に出ていってしまう。
予想外すぎて唖然としている俺に、中田さんは俺の肩を叩き、嬉しそうに笑って言った。
「よしっ、作戦成功だな。お前もびっくりしただろ?」
「びっくりはしましたが、俺に作戦を伝えても良かったんじゃ...」
「初めのころはこういう経験をさせることもいいんだよ。一度驚かされたのなら、何をしたら人を驚かせられるかが分かりやすくなる。いつかお前がこういった作戦を立てる時に役立つ筈だ。」
そう言われると合点がいった。彼女もこうして作戦の立て方を学んだのかもしれないな。
「じゃ、警備が手薄になった今のうちに【ホープダイヤモンド】を頂きに行こうか。」
俺達は【ホープダイヤモンド】が展示されている部屋に侵入する。赤外線暗視ゴーグルで赤外線センサーを探したが、どこにも無かったのですんなりと入ることができた。どこにも無いというのがかなり不自然に感じたが、【運】が良かったということで気にしないことにしよう。
部屋の中に入って数歩進む、そこには強化ガラスで守られている【ホープダイヤモンド】があった。
「これが今回盗まないといけない宝石ですか。そういえば何で盗まないといけないんでしたっけ。」
確か何故盗むかは教えてもらってなかった気がするからふとそう質問してみた。すると中田さんは少し表情が暗くなり、少し間をおいて口を開いた。その口から語られた内容はあまりにも衝撃的で、俺は絶句した。それと同時に、今回の任務はただ盗む事が任務じゃないということに気がついた。
「なるほどねーそれなら協力してあげようかな。」と、急に後ろから小柄の少女がひょこりと姿を表した。
「あ、そうそう。自己紹介をしないとね。私はアルセーヌ・ナイア、趣味で怪盗をやっているの。」
と、間を置かずに少女は続けた。
中田さんがいち早く反応し、ナイアと名乗る少女に銃を突きつけるが、少女は全く臆する素振りをみせず、「物騒ね、危ないじゃない。」と少しだけ笑みを浮かべている。
「お前もこれを狙っていたという事なのか?」
中田さんは少女にそう尋ねると、
「狙ってはいたけど、別にあなた達にあげてもいいよ。私は盗むスリルを味わいたいだけで、別に盗む物には興味が無いからね。だから協力してあげてもいいよって事。」
「とりあえず敵じゃ無いんだな?」
「そうよ、ちなみにこの部屋のセンサーを切ったのも私だし、むしろ味方だよ。」
「信用できない。」
「はは、ガードが固いんだね。」
「とりあえず邪魔だけはするな。」
と、中田さんは少女に言い放ち、強化ガラスを割るために金づちを取り出した。すると、少女はいきなり中田さんから掏るように金づちを奪い、地面に落とした。
「こんなので割れると思うの?これだったら非効率だよ。私のやり方を勉強しなさい。」
と言って少女はスプーンを取り出す。少女はスプーンで、強化ガラスの端の方をコンコンと叩き始めた。
「おいおい、それこそ割れるわけ無いだろ。」
中田さんは少女の行動を嘲笑したが、数秒後に驚くべき事が起こった。強化ガラスにパリンとヒビが入ったと思ったら、ガシャンと大きな音を立てて強化ガラスは崩れてしまったのだ。
「強化ガラスは端が弱いの、怪盗をやるならこんな常識ぐらい知っとかなきゃ。」
少女は【ホープダイヤモンド】を取り出し、中田さんに渡した。
「ほら、これが必要なのでしょう?」
中田さんはそれを受け取るよりも前に、少女に頭を下げた。
「すまない、お前の方が上手だった。それなのに失礼な態度を取ったことを謝罪する。」
「いいのよ、その代わり私を…」
少女がそう言いかけた瞬間、突然中田さんが倒れた。中田さんの背にはナイフが刺さっている。中田さんは背中に包丁が刺さっているとはいえ、たまたま出血はしていなかったし、傷も凄く浅かった筈なのに倒れているのが不自然だった。状況を理解した少女は形相を変えて俺に対して叫んだ。
「後ろ!敵!」
俺は反射的に後ろに振り向くと、そこには一人、警備員の男が立っていた。背丈は180センチを超えているぐらい高く、長髪で眼鏡をかけている所が特徴的だ。その男は俺達に向って、こう話しかけてくる。
「そこの宝石をすぐに返し、投降しなさい。そうすれば罪は軽くなるし、痛い思いもしないで済みますよ。」
「お前…【シルバー】に何をしたんですか。」
男はナイフを取り出しながら答えた。
「このナイフには即効性のある強力な眠り薬が濃く塗られているんですよ。少しでも体に入ったら1時間は眠ってしまうでしょうね。」
「関係ない、銃であなたを撃てば終わりよ。」少女はそう言って銃を取り出し、男を撃つが、がきんと鉄と鉄がぶつかる音がして、弾は弾道を大きく逸らされて壁に着弾した。
「甘いです、銃の対策ぐらいしてますよ。」
銃が効かないと判断した少女は、すぐさま俺のそばに駆け寄って、こう耳打ちをする。
「今すぐ逃げた方がいい。こいつには勝てない。」
俺は無言で首を横に振った。それはある事を確信したからだ。
「だとしてもそれは...いや、分かったよ。何か策があるんだな。」
特に策などはないが、俺は負ける気がしなかった。俺には最大の武器があるからだ。
俺は銃を取り出し男に対して構える。手の震えは無くなっていたので、今の俺ならきっと当てられるだろう。俺は少しだけ【運】の特徴を知っている。それは大きく言って三つある。一つは、起こりうる可能性があることしか起こりえない点。二つ目は、望む結果のために最大限の【運】が発生する点。そして最後の一つは、人の心には干渉できない点だ。もし干渉できたのなら、戦闘などそもそも起こっていない。
そして現在の状況に話を戻すが、先ほど挙げた事から考えると、俺の放つ銃弾ははじかれる可能性が高いだろう...だったらそれを囮にしてやる。俺は引き金を引き、そして間髪を入れずにたまたま近くに落ちていた金づちを拾い上げて男に向かって全力で投げる。男は弾道を逸らす事には成功したが、金づちを避けることは出来ず、金づちは男の持っていたナイフに吸い込まれるように当たった。上手く受けれなかったので、男のナイフは折れ、飛ばされた刃は男自身に刺さり、男は倒れた。
最初から最後まで【運】に頼りきりだが、無事、男を戦闘不能に出来た。
「これで任務完了、ですね。」