運だけでは補えない部分
翌日、俺と中田さんは朝早くから中国に入国した。当然、スパイ活動のため在中国日本大使館に協力してもらっての、裏からの密入国だ。今回侵入するのは、中国軍の本拠地...ではなく、少し小さめの基地だ。任務の成功条件は、目撃者ゼロ且つ基地の通信内容の確認だ。いざという時は相手を殺さなくてはならない。
中田さんに銃を渡された時、俺はそれをおもりのようにとても重く感じた。
やがて俺達は目的地に辿り着く、今からそこに侵入するところだ。緊張に押しつぶされそうだが、俺には【運】という武器があるからと、無理矢理自分を落ち着かせていた。俺自身、この力は好きではないのに。
「よし、侵入成功だな。」中田さんのその一言で、俺の意識は、はっと現実に戻ってくる。
「次は外部と通信する部屋を探す必要があるな、恐らく暗証番号も必要だろう。」
「【シルバー】、暗証番号はどうやって当てるんですか?」
「日本で待機している【天狗】が解析してくれてるよ、間に合わなければ勘で行くしかないな。」
目的としていた部屋はすんなりと見つかった。【運】が良かったのか、一度も見張り役に見つからなかった。
だが、部屋の中に入るには鍵が必要だった。困ったことに、これでは入ることができない。
しかし、中田さんは表情を変える事無く、ピッキング行為を慣れた手つきで、ほんの数秒で終わらせた。
「こういうのはよくあることだから慣れておけよ?」
と、心を見透かしたように彼女は振り向いて言った。
次に、通信内容を記録してある機材のセキュリティーを突破しなくてはならないのだが、ここで一つ大きな問題が発生する。妨害電波が発生していて、解析を頼んでいる大山さんと連絡が取れないのだ。
「どうするんです?【シルバー】、このまま待ち続けるのはリスキーですよ。」
「だったら、勘で少し打ち込んで、無理そうなら一旦退こう。」
そう言って中田さんはでたらめに暗証番号を打ち込むが、やはり失敗する。
「やっぱり無理だよなー。」と、彼女は苦笑いをしながらこちらに振り向く。
「なら、俺がやります。」と言って暗証番号を打ち込み始める。奇跡が起こったのか、俺は【運】良く正解の番号を打ち込んでいた。これには彼女も驚きの表情を隠せなかったようだ。
「おい、マジか...そんな事あり得るのかよ。まさか当てるとはな。」
「まぁ、生まれつき【運】はいい方だったので。」本当はいい方どころじゃないけど。
そんな事を思っているうちに中田さんは通信内容を確認し終えていた。流石、仕事が早い。
「特に怪しいのは無かったな。核の保管がどーたらとかばっかりだ。さて、帰るぞ。」
彼女はそう言って俺の方を振り向くと、急に彼女の表情が重くなった。そして小さな声でこう言う。
「しまった...待ち伏せされてる。数は三人といった所か。面倒なことになったな。」
「どうやって突破しますか、【シルバー】。」そう聞くが、中田さんは何も言わずに筒状の物を取り出した。彼女はそれを外の方に投げると、筒が割れて、煙がもくもくと広がっていく。どうやら煙幕だったようだ。
「行くぞ!」と言って彼女は煙に突っ込む。俺も彼女の背中を追った。
だが、このまま脱出とは行かせてくれなかった。煙を抜けた先には見張り役が三人待ち構えていた。
中田さんはとっさに見張り役のうちの一人を打ち抜いたが、すぐに他の一人に押さえつけられる。そして、もう一人は俺に銃口を向け、中国語で「銃を捨てて手を上げろ!」と叫ぶ。
―――――一体どうすれば.....
すぐに中田さんは俺に言った、
「お前だけでも逃げろ!後で【天狗】達に応援に来てもらえばいいっ!だから!」
いや、きっとここで逃げたら中田さんは殺されるだろう。だから、逃げるわけにはいかない。だから俺はゆっくりと銃を構えるが、急に手が震えだした。人なんて撃ったことが無いからだ。
これじゃ、狙いを外すどころか中田さんに当たってしまうかもしれない。無理だ、撃てない。
俺には、見捨てる覚悟も殺す覚悟も無かった。やっぱり、俺はスパイなんて向いてなかったんだ。
【運】は、俺の心を強くしてはくれない。俺は全てを諦め、銃を捨てた。