31. 【東の辺境】聞いていた以上に壮大な壁だった
「ここが最前線か。凄い防壁だな」
「だろだろ!」
「あ、ああ……」
土魔法で作られた防壁は、まず何よりも長い。
東の荒野とクラウトレウス王国を分断するかのように南北に伸びていて、ホワイトがいる中央付近からは防壁の端を目視することが出来ないくらいだ。
そして次に目立つのが厚み。
家が数件丸々入ってしまうくらいの幅があり、実際に多数の生活空間が埋め込まれている。
超横長の砦のようなものであり、よくこんな巨大な物を作ったなぁと、ここに来る人は大抵そう感じ、ホワイトも最初はそう感じたのだがすぐにそれはどうでも良くなった。
「案内するぜ!こっちだこっち!」
「(や、柔らかい……)」
カレイがホワイトの腕をとって放さないからだ。
それも自分の身体を押し付けるレベルで密着してくるから、柔らかいやら良い匂いがするやらで防壁どころでは無かった。
「(いつまでこんな生殺し状態が続くんだ)」
積極的にアプローチされたのならば積極的に答えるべき。
そう師匠に教わったホワイトだが、残念ながら今はブラックだ。
たとえそれが形だけのものだったとしても、ここでカレイを襲ってしまうわけにはいかない。
ゆえに生殺し状態なのだが、これは約束を果たすまで我慢できずに戻ってきてしまったホワイトへの罰としてカレイがわざとやっているのかもしれない。
「防壁の上に行くぞ。ホワ……ブラック!」
そんな悶々とした気持ちのまま連れられてきた防壁の上からは、東の荒野が一望出来た。
「ここが魔物の胎か。本当に草木が全く生えて無いんだな」
「ああ、生えてくるのは魔物だけさ」
砂漠ですらない渇いた大地。
土に生気が無く、遠くの方には裂け目のようなものが至る所に存在する。
遮るものなど何もない一面の荒野は、壮大というよりもどこか物悲しく見えた。
「(こんなにも魔力が満ちているのに、世界が死にかけている。なんて歪んだ場所なんだ……)」
本来は世界を豊かにするはずの魔力が魔物発生装置にしかなっておらず、栄養を与えられない世界が滅ぼうとしている。何も手を打たなければ、いずれ世界中がここと同じような有様になってしまうだろう。
「アレは何だ?」
ふとホワイトが下を見ると、防壁の外側に壁灯とは別の丸い装置がたくさんつけられていることに気が付いた。
「アレは人魔法を使う魔道具だよ」
「人魔法?ああ、なるほど。あれで防衛部隊を強化する訳か」
ホワイトがロークスユルム国王を強化したように、人魔法は人間の能力を向上させることが可能だ。
それを魔道具化して、壁の前で魔物を迎え撃つ人々を強化出来るというのは確かに便利だろう。
「ちょっと違うな」
「え?」
「防衛部隊じゃない。殲滅部隊さ」
「バイオレンスだな」
守るのではなく攻めるのだ。
そのくらいの気持ちで無いと大量の魔物を食い止められないということなのか。
「(領主が領主だし、領民が血気盛んでもおかしくないか)」
あるいはそういう性格の人が多く集まっているだけなのか。
「(ロークスユルムみたいに戦馬鹿が集まってたら嫌だなって思いかけたけど、師匠が領主なら大丈夫か)」
どこかの国王とは違い、戦いが好きでも暴走することは絶対にしない。
むしろ戦いの場面では常に冷静沈着に行動し、最小限の犠牲で済むようにと必死で考えるタイプだということをホワイトは知っていた。
リーダーの違いがそのままその組織への信頼度に繋がっていて、ロークスユルムの時のような嫌な感じがしなかったのだ。
「早く魔物が出て来ねえかな」
「物騒なこと言うようになったな」
「だってホワ……ブラックと一緒に戦いてーもん」
「そ、そうか (それは嬉しいけど、柔らかいのを押し付けないでくれるかな)」
気を使ってくれているのか、周囲には人影が無い。
二人っきりでイチャイチャされたら我慢出来るものも出来なくなってしまう。
「(家でもこんな感じだったんだよな。困っちゃったよ)」
そしてそれは領都の屋敷の中でも同じだった。
流石に夜は別の部屋だったが、それ以外は四六時中傍にいてくっついて来るのだからたまらない。
かといって適当なことを言って無理矢理体を離して誤魔化すなんてことは某師匠の教えから許されない。
ブラックだから手を出すわけにはいかず、カレイのイチャイチャ攻撃を男としてしっかりと受け止めなければならない。惨い話だ。
だが一つだけ、彼女の想いを受け止めながら気分を発散させる方法がある。
「なら魔物が出るまで訓練でもするか?」
「良いな!」
これならば彼女を喜ばせながら、ふにょふにょ攻撃から自然に離れられるのだ。
「んじゃそこでやろうぜ!」
「え、良いのか?」
彼女が指さしたのは、防壁の向こう側。
そっちに降りて戦闘訓練をするなど、ここのルール的に問題が無いのだろうか。
「平気平気、割とやってる奴らいるぜ。あっちなら広くて好き放題出来るしな」
その代わり突然魔物に襲われて防衛の邪魔になる危険性もある。
カレイは黙っていたが、魔物が襲ってくると予測される直前は荒野側に入ってはいけないというルールがあった。例外的に入れるのは魔物が出現しても適切に対応できる実力者だけなのだが、ホワイトならば平気だろうと例外の立場から判断したのだった。
「あ~だとすると、少しやりたいことがあるんだけど良いか?」
「何々?」
「荒野の向こうがどうなってるのか見てみたい」
「あはははは!そりゃあ良い!行こう行こう!」
大陸の東の端。
そこがどうなっているのかは誰にも分からない。
山も森も無く、平らな荒野が広がっているだが、遠くの方は不自然にぼやけていてその先を見ることが出来ないのだ。
そこに大量の魔物が出現する原因があると考えた昔の辺境伯が軍隊を派遣したが、いつまで経っても荒野が続くのみで辿り着けず、魔物に襲われ続けて諦めたという歴史がある。
そこまでとは言わなくとも、少し先がどうなっているかくらい気になるのは自然なことだろう。
「だが流石にそれは連絡しとかねーとマズいな」
「師匠に?」
スープ辺境伯は夫人と一緒に防衛団の訓練中だ。
ホワイトも巻き込もうとしてきたが、カレイが強引に引き剝がしてきた。
「いや団長で良いだろ。必ずどこかの団長が詰めてることになってんだ。今の時間は第二だったかな」
全員が訓練をしてしまうと、荒野を監視する人がいなくなってしまう。
ゆえに必ずいくつかの防衛団が奇襲に備えて壁の中で戦える準備をして詰めている。荒野のことで何か用件があるならば彼らに伝えれば良い。
二人は壁の中に入り、第二防衛団の団長の元へと向かった。
「イール、久しぶり」
「お嬢、それにブラック殿、よくぞいらした」
団長室に居たのは、顔に深い傷跡が残るイールと呼ばれた壮年の男性だった。
自然にブラックの名前が出たので、ここに来ているとしっかり情報伝達が為されているのだろう。
露骨にイチャイチャしている距離感であるにも関わらず眉を顰める気配すら無いところ、男女の恋愛ごとに関して大らかなタイプなのかもしれない。
「それで私に何か御用ですか?」
「ちょっと荒野に行きたくて」
「お嬢なら勝手に降りて良いですよ?」
「それがさ。ちょっと遠くまで行こうかなって」
「は?」
領主の娘が男に胸を押し付けていようが顔色一つ変えなかった男も、流石に死地に向かいたいだなんて言われたら呆気に取られてしまった。
「いやいやいや、ダメに決まっているでしょう。危険すぎます!」
「大丈夫だって。ホワ……ブラックがいるし」
「それでも許可できません。何かあったら領主様に申し訳が……」
「お父様なら許可してくれると思うよ?」
「う゛……で、ですが……」
もしここで許可を出さなければ、カレイ達は辺境伯の元へ許可を取りに行くだろう。
辺境伯の性格上、許可しないどころかむしろ一緒に行きたいと言い出すに違いない。
どうあがいてもカレイが荒野の先へと行ってしまう結果にしかならなず、危険な目に遭わせたくないイールは悩みに悩む。
そんなイールに向けてホワイトは助け舟、のようなものを出した。
「少し良いか?」
「な、なんでしょうか」
「別に俺達は魔物と戦いに行くって訳じゃない。向こうがどうなってるのか、空からちょっと見てくるだけのつもりだ」
「そ、空から?」
魔物を倒しながら地上を進んでも良かったのだが、ここでイールを困らせるのが申し訳ないからと代替案を出したのだ。
だがそうなると不満をあげるのはカレイの方になる。
「え~そうなの!?つまんねー!」
せっかくホワイトと二人で冒険だと思っていたのに、ちょっと見てくるだけだなんて物足りないのだ。
「そう言うな。本番はまだ先だろう?」
「……それもそっか」
もしも二人で派手な冒険をしたら大満足できるだろう。
しかし相手がブラックではなくホワイトだったならばもっと満足できたに違いない。
そう後で思って後悔してしまうのが目に見えていた。
ゆえにカレイは引き下がった。
「魔物が見えたら無茶はせずに戻ってくる。それで良しとしてくれ」
「……分かりました。くれぐれもお気をつけて」
渋々といった感じで、イールは許可を出してくれた。
どの道、彼には送り出す以外の選択肢が無かったのだから、自重してくれると言うのならばそれを信じるしかないと言った感じだろう。
「あんたも苦労するな」
「仕事ですから。それにお嬢に振り回されるのが嫌いな人はここにはいませんよ」
「振り回した覚えなんてないぞ!?」
「と言ってるが」
「はははは」
「笑って誤魔化そうとするな!」
「(良い扱いをされてるんだな)」
領主の娘だからと距離を置かれるのではなく、家族のように大事にされている。
カレイが笑顔になれる場所になっている。
そのことをホワイトはとても嬉しく感じたのであった。




