ぎくしゃく
「ティア、遅かったねー」
教室に着くと、1年生からの親友のアリアがゆらゆらと手を振りながら、くすくすと笑って私を迎えた。
「何笑ってるの……」
「いやぁ、誰よりも優等生のティアが遅刻しそうになるっていう滅多にない絵面が面白くて」
「……怒るわよ?」
ごめんごめん、とアリアはそこで笑うのを止めて、すっと椅子を引いてくれる。
「ティア、いつもの班でいいよね? 三から四人で組めって言われてるし。私と、トールと、ティアの」
「……ぁ、ええ」
なんとなく気まずくて、返事が遅れてしまう。そうか、トールと班同じか。いつもそうだからそりゃそうだろうけど。
「なんか挙動がおかしくない? 何かあったの?」
「ゃ、そんなことないわよ」
目の前に座るトールが忍び笑いしているのが視界の端に映る。……あぁ、もう。お前のせいだ、って叫んでやりたい。
けれどそんなことをこの教室の衆人環視の中できるはずもなく、少し睨みつけるのみ。
不思議そうに私を見つめるアリアと笑いをこらえるトール、そしてトールを睨みつける私。
ざわざわとする教室の中、不自然に私達の間に沈黙が満ちて少し気まずくなってきた頃、先生が全体に声をかけた。
途端に喧騒がすっと静まり、よく通る先生の声だけが場に満ちる。
おかげで気まずさが取り払われたことに少し安心して、胸を撫で下ろす。
「では、授業を始めます。指示していた実験道具と材料を机の上に並べて、前の説明通りに調合していってください。出来上がったら声をかけること! いいですね!」
はーい、という生徒たちの声を皮切りに、皆が作業を始めた。
うちの班もまた然り。ひょい、とアリアが指を動かして持ってきていたバッグの中から数々の実験道具を取り出す。そして、それらをすべて持ち上げて机の上に置いてくれた。
が、私とトールはそれを見て少し苦い顔をする。
「……並べ直さないとね」
思わず零れた言葉にアリアも苦笑いで肩を落とした。机の上には置かれているものの、ビーカーも逆さまだし、色々なものが散乱しているのだ。綺麗に並べられている、とはお世辞にも言い難い感じだ。そこは本人も気にしているところらしく、ぶつぶつと何かしらを呟いている。
アリアは魔力が高くて想像力豊かだから、大魔法のようなセンスが求められるものは非常に適していて、稀代の天才と称されるほどに得意なのだけれど、こういう器用さが求められる魔法はイマイチだ。魔力が高い弊害で、細々とした操作が難しいのだ。言うならば、バケツの水を小さいビーカーに注ごうとするようなものだから。かくいう私もこういう細かい魔法は得意ではない。
「うぅ……」
「まぁ、誰しも苦手なことはあるわよ…… そう落ち込まないで……」
「うん、薬草の準備しておくね……」
私も細かい制御をするのはあまり好きではないし、わざわざ並べ直すのに使うまででもないので、手作業で並べ直していく。
物が多いから気を遣ってくれたのか、トールも席を立って手伝ってくれる。
「あ、ごめん」
「だ、大丈夫よ……」
ふと、手が当たった。同じビーカーを立てようとしたせいだ。
何気ない動作。よくあること。そのはずなのに、なんとなく、さっきの部屋で話していたことがフラッシュバックして、少し頬が熱くなってしまう。
あぁ、どうしよう。絶対これ、アリアに怪しまれるよね。
「フィティア、大丈夫?」
くすくすと、分かっていて聞いてくるのはこの男、トールだ。
「べ、別に……」
いつものように返そうとするのだけれど、いざ話そうとすると発されるのはそんな弱々しい口調の小さな声。
あぁ、早く授業が終わってくれないかな、と私は無心で実験道具の準備を淡々と進めた。