気づいてしまった
「フィティア、こっちだよ」
「トール!」
昼休憩の間に話していたので、次の授業に向かおうと思っていたら部屋から出たところすぐの柱の陰にトールが立っていた。いつもながらに爽やかにアッシュグレイの髪を靡かせ、にこやかに微笑んでいる。
彼は隣国、フェルシアからの留学生で、私と同じαクラスで魔法を学ぶ同級生。よく同じチームで実験や作業をしているいい学友だ。真面目で、優しくて、おまけに優秀ときた。水、火、木、風という四属性に適性を持つ、魔法の実力はトップクラスな非の打ち所がなさすぎるすごい人。ちなみに顔もいい。もちろん女子からの人気は超高い。
「次の講義の場所が変わったから、連絡しに来たんだ。王子と話に行くって言ってたから、教室には帰ってこないだろうなと思って。……思ったより早く話し終わったみたいだったから余計なお世話だったかもしれないけど」
「ううん、そんなことないわよ! ありがとう。終わってから次の教室で始まるまで待機しようと思ってたから、知らせに来てくれて助かったわ」
第5教室で魔法薬作成をするらしいよ、と歩きながら教えてくれる。座学担当の魔法薬学の先生が急な腹痛で倒れたから、代わりに実技担当の先生が来てくれたそう。魔法薬の材料は私の分まで持ってきてくれたらしい。同じ班だから実験最中に渡すよ、とのこと。
あぁ、あの馬鹿王子とは違って歩幅も合わせてくれるしやっぱり優しい。さっきまであいつと話していたせいで余計に身に沁みる。
「あ、そうだ。あの王子と何話してたの? また公務の押し付け?」
簡単に請け負っちゃ駄目だよ? この前もやってたんだから、と心配そうに顔を覗き込まれる。……いや、近い近い近い。不自然にならないように数歩後ずさってから、急いで返事をする。
「ううん、そうじゃなくって…… 婚約解消したのよ」
「……え? どういうこと? 王子と?」
隣でトールは目を点にしている。そりゃそうなるわよね、と思わず苦笑い。
「そう。私の妹を好きになったからですって。婚約解消してくれって言われたから、もういいかなと思ってね。もう二度と関わらないって約束で婚約解消したの」
「アイミヤ嬢か。……相変わらず勝手だね、あの王子。常識知らずも流石に度を越してるだろ」
「そうね。まぁ、世間体的にはよくないけれど、結構清々してるわ」
「それはよかった……けど、卒業も近いのに、よかったの?」
「…………あ」
そうだ。卒業。もうすぐ私はこの魔法学院を卒業しなければならないのだ。それはすなわち、婚約者探しの場所がなくなることを意味する。大抵の場合、私達貴族はこの学院で相手を探し婚約する。ちなみに、今のような卒業間近な次期にはすでに皆婚約してしまっているのだ。
「どうしよう! 私行き遅れちゃうわよね!?」
泣きつくと、トールは微妙な感じで苦笑いを返してくる。
「あー、そうだね……」
「えーどうしましょう。もう皆決まっちゃってるのに…… なんで気づかなかったのかしら……」
あの王子から離れられる嬉しさで考えられていなかったけれど、これは大変だ。両親は可愛がっているアイミヤを優先して、王子と婚約させて、私には家に汚名を被せないように適当な相手を見つけてくるだろう。それこそ、女好きだということで悪い意味で名を轟かせる、ドルードなどの好色野郎のような。
婚約解消したことに後悔はこの事に気づいても一切ない……けれど。さすがにこれは困る。
本当にどうしよう。
「ねぇ、フィティア」
「ん? 何?」
聞き返すと、いいことを思いついたように彼は言ってくる。
「今、婚約者がいなくなったんでしょう? なら、僕と婚約しませんか?」
突拍子もない発言で、本当に、一瞬時が止まったかのような気がした。