35:見通せない未来
「お二人はそれで大丈夫だと思うのです。……ただ、大声では言えません。ですがこの建国祭の最中に何かが起きそうな星の動きが見えるんです」
聖女ルビーのこの言葉にドキッとしてしまった。
隣に座るアンディを見ると、既にこの件では話を聞いていたのだろう。
唇をきゅっと噛み締めている。
「聖女様の力を以てしても、見通せない未来もあるのですか?」
私が尋ねると、聖女ルビーはコクリと頷く。
「見ようとするものに対し、見せまいとする力が働くと、千里眼の力で見通すことができないのです。つまり悪意の力が働くと、聖女と言えど、影響を受けてしまうのです」
「悪意の力……この建国祭で悪いことをしようとする人がいる、ということですか?」
尋ねている間にも、自分でも「それはそうだろう」と思ってしまう。
今、マルセル国には多くの国々からその国のトップや代表が集結している。悪人からしたら、これはたまらない事態だろう。悪事を働きたいと考えて当然。
そこで気が付く。
アンディがいつになくこの建国祭の警備に熱を注いでいた理由を。聖女が見通せなくても、何か起きる気配があるのだ。それを防ぎたいと、真面目なアンディなら考えて当然だった。
「ただ、この悪巧みに強い影響を与える光も感じているの。それが」「聖女様」
聖女ルビーの言葉をアンディが遮った。
驚いてアンディの顔を見ると、その表情は真剣そのもの。
「その件は話さないという約束のはずです」
「そ、そうよね。ごめんなさい、アンディ様」
何だろう……?
そう思ったところで、チリン、チリンとベルの音が聞こえる。
国王陛下夫妻の入場を知らせる合図だ。
そこからはもう、晩餐会モードにアンディもルビーも変わった。
近くの席の人と社交を兼ねて話すことになる。
だがその前に、まずは乾杯だ。
一斉に大勢のバトラーがやって来て、乾杯のドリンクは何にするか尋ねる。
アンディと私はジュースと分かっているので、ザクロジュースのお代わりがすぐに用意された。
会場の様子をアンディはこの時じっと見ていたが、ハッとした様子になる。
「ナタリー、そのまま席にいて」と告げると、侍従長のところへと向かう。
給仕するバトラーが沢山いるので、アンディが動いてもそこまで目立たない。それでも乾杯がこれからという場面で席を立つのは、異例だった。
「どうしたのかしら?」
聖女ルビーが私を見るが、私も首を傾げるしかない。
再度、アンディの方を見ると、侍従長との話を終えたようだ。
侍従長は会場から慌ただしく出て行き、アンディはそのまま宰相マクラーレンのところへ向かう。
黒のテールコート姿の宰相マクラーレンは、アンディから耳打ちされると、顔色が変わる。
そのまま宰相マクラーレンは、国王陛下のところへ向かい――。
「皆さま、大変申し訳ない。こちらの手違いで、予定していた飲み物ではないものを準備してしまった。グラスには口をつけず、そのまま下げることとさせていただきたい。代わりに高糖度の葡萄で作った飲み物をお出しする。これは建国祭名物の飲み物であり、毎年舞踏会でお出ししているが、今日は特別に提供とさせていただく」
これには喜びの声が上がる。
名物のぶどうジュースは確かに人気だった。
氷室でよく冷やされており、とにかく甘い。
ただそれはすっきりとしており、しつこい甘さではないので、男性からも人気だった。
普段、舞踏会で飲み物は口にしないという人達も、喜んで飲むがのこの名物ぶどうジュースなのだ。
国王陛下の話に耳を傾けてしまったが……アンディは?
気付くとアンディの姿が見えないと思ったが、そうではない。
アンディは暖炉のそばにいて、どうやら魔法を使い……。
暖炉の炎の勢いを抑えている……?
確かに会場に着いた時から、温かい……暑いと思えるぐらいだった。だからこそ喉も乾き、ザクロジュースもごくごく飲んでしまったのだけど。そこでもう一か所の暖炉を見ると、そちらはバトラーがやはり同じように、火力調整をしていた。
「お待たせいたしました」の声が一斉に聞こえて来て、どうやらぶどうジュースの用意ができたようで、次々と運ばれてくる。
アンディも席に戻って来て、気が付けば侍従長は宰相と話していた。
「アンディ、問題は解決した?」
「ああ、大丈夫。詳しくは後で話すよ」
そう言ってアンディがウィンクしたところで国王陛下が再び声を上げる。
「それでは飲み物が行き渡ったようなので、改めて乾杯をさせていただく」
その後は毎年お決まりの建国についての簡単な話があり、乾杯となる。
「それでは我がマルセル国のさらなる発展と友好国の皆さまとの絆が深まることを願い、乾杯!」
「「「「「乾杯」」」」」
大勢の声で乾杯が唱和され、皆、ぶどうジュースを飲み干す。
口々に「やはりこれはうまい」「建国祭の楽しみの一つがこのぶどうジュースだ」と喜びの声が聞こえる。
この後の食事はスムーズに行われ、晩餐会は問題なく終了となった。
























































