28:謎は判明したものの
「白色の粉末状で、通常、25℃以下では無害。湿度などの外部影響も受けにくい。だが人間の体温に近い温度に達すると、活性化される」
その物質は前世には存在しないが、この世界には存在し『Na2toxin』と呼ばれていると言う。
「約36~37℃に達すると、Na2toxin分子が分解し、有毒なガス、ヒ素ガスが発生する。それを吸い込むと、中毒症状が起きる。主に中枢神経系に作用を引き起こす」
「そ、そんな恐ろしい物があのレースに!? もしドレスに仕立て、試着したら……結婚式直前で私は……」
「結婚式どころではなくなる。最悪な事態だって想定される」
それは……結婚式のはずが葬儀になるということでは!?
「『Na2toxin』は、魔法とは無関係だ。こういった毒物は、魔法での検出が難しい。それに常温下では、ただの白い粉末。レースの糸に練り込まれているなんて、想像もしていないし、素人で検出は無理な話。マーランの魔法もどうやって毒だと分かったのか……」
そこでアンディは考え込み、ハッとした表情になる。
「魔法、ではないのか? もしかすると『Na2toxin』は、金には反応するのかもしれない。古来、銀製品は毒に反応するとされている。硫黄化合物や硫化水素系の毒に。ただ金はとても安定している。酸化も腐食も起こりにくいはず。……ああ、そうか。これはただの金ではない。錬金術師が作り出したもの。通常の金とは違うのか」
一旦咳払いをしたアンディは、話をまとめる。
「ともかく恐ろしい毒が糸に練り込まれていることが判明した。今、あのレースを二コラ修道院の誰が作ったのか、それを調査させている」
「もし作ったのがリリィだと判明したら……」
「言い逃れはいくらでもできる。そもそも修道院で生活するリリィが『Na2toxin』が練り込まれた糸を入手なんてできないと思う。修道院では個人向けの差し入れを受け付けていない。すべて修道院として預かる」
さらに言えば、作ったのがリリィだとしても、そんな危険なものが練り込まれた糸だとは知らなかった――そう言われたら、それまでだ。
「結局、どこまで追えるか、だ。リリィに違いない――そう思えるが、証拠がない。そうなると誰が糸に『Na2toxin』を練り込んだのか、となる。工場を調べ、そこで尻尾を掴むことができればいいが……」
真相にどこまで迫ることができるのか。
ともかくこの報告を終えたアンディは、宮殿へ戻ることになった。
「このレースを処分することで、指輪の変色も元に戻ると思う。でも今は捜査を行うから処分できない」
「大丈夫よ、アンディ。変色はしていても、魔法は間違いなく発動すると思うわ」
「本当に? 何か試してみたか?」
そう言われると、まだ試していない。
そこでふと思う。
このままアンディと二人、彼の執務室へ戻れるかしらと。
そういう魔法も発動できるのかな?と。
その瞬間。
アンディが「!」という表情になり、私を抱き寄せ、ドキッとしたかと思ったら……。
「……ナタリー。まさか転移魔法まで使えるなんて。あれは魔法の中でも相当高度なものなのに」
驚き半分、でもなんだかアンディは嬉しそうだ。
そして私達はアンディの執務室へ転移していた。
「執務室でナタリーと会うなんて、初めてだな」
「そう言えば……そうね。私は何度かお菓子の差し入れに来たけど、アンディは休んでいたから。中には入らず、手前の補佐官室でお菓子を渡して帰っていた。よって初めて入ったわ、この部屋に」
そう答えてから執務室を見渡すと、大きな窓があり、そこから宮殿の庭園が見えている。左右の壁には本棚があり、右側に暖炉もあった。その暖炉のそばには応接セット。
執務机は窓を背後に置かれており、書類などきちんと整頓されている。アンディの森の部屋も、いつも綺麗に掃除されていたが、あれはもふもふ達の頑張りだけではなく、彼自身がやはり綺麗好きなのね。
「ナタリー」
「はい」
「レースの件は、調べておくから」
「ありがとう、アンディ!」
そこでアンディは、あのレースの入った金属製の箱を、自身の執務机に置いた。
咄嗟に移動してしまったが、ちゃんと箱を持ち、私を抱き寄せるなんて。
その瞬発力、咄嗟の判断力には、脱帽だ。
「今、とんでもなくナタリーに甘えたい気分になっている」
「!? どうして!? ここ、執務室よ? 職場に戻ったのに!?」
「だからこそ、だよ」
「?????」
普段、執務室に私はいない。
その執務室に私がいるのだ。
ただそれだけで、アンディとしては気分が盛り上がっている。
「ナタリー……」
甘々全開で名前を呼ばれたものの、ここが執務室だと思うと、緊張が走る。
思わず後ずさると、腰が執務机にぶつかった。
するとアンディは私に近づき、机に手をついた。
ち、近い! 顔が、近い!
ここは執務室なのに!
ドキドキで全身を赤くし、アンディとの距離がぐっと近づいたまさにその時。
ドアをノックする音が聞こえる。
「魔術師アンディ様、お戻りですか?」
補佐官の声が聞こえた。
◇
その後、アンディが手を尽くし、調べてくれたのだけど……。
糸に『Na2toxin』を練り込んだ人物の特定には至っていない。『Na2toxin』の入手経路も不明だ。毒なんてそもそも正規ルートでは扱われていない。裏社会で扱われているとなると、追跡がさらに難しかった。
それに修道院であのレースを作り上げたのは、リリィではなかった。
もう二十年近くあの修道院で暮らす修道女。
彼女がそんな恐ろしいことをするわけがないと、修道院長も多くの関係者も証言するが、それを聞くまでもなかった。リリィは自分だとバレないよう、『Na2toxin』を練り込んだ糸を、この修道女が使うように仕向けたに違いない。
そもそもリリィがあそこまでのレースを作る技術は……ヒロインチートを加味しても、さすがになかった。
修道院にいるのに。
私への恨みを募らせるリリィには、もはや驚きしかない。
主に祈りを捧げ、悔い改める……ことはないのかしら?
アンディは「ニコラ修道院の監視は強めてもらった。おかしなことをすれば報告はすぐに上がる。それに出所が不明な物は基本、採用しないことで、スキー氏とも話をつけた。善意を気持ちよく受け取れないのは残念だけど、転ばぬ先の杖だ」と、私を守るため臨戦態勢だった。
これならもう、何も悪いことは起きない。
そう思っていたのだけど……。
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