6:王都の今
「初めまして、ナタリー嬢。アンディから聞いていましたが……聞いていた以上に、とてもお美しく、驚きました。私はディーン・オルドリッチ、オルドリッチ辺境伯の長男です」
パールがディーンのことを「それにめちゃくちゃハンサムだぞぉ、ディーンは。街で一番人気だ」と言っていた。うん。確かにそうだろうと思える。
ダークブロンドにコバルトグリーンの瞳。柔和な顔付きで、微笑みに慈愛を感じる。長身だがしっかりとした体つきで、細マッチョなアンディに対し、ディーンは見て分かる偉丈夫。でもゴリマッチョではないので、しっかりハンサムと思える。
それに瞳の色と同じズボン、ベスト、白シャツという装いもとてもよく似合っていた。
しかも未来の辺境伯ともなれば。これまたパールが言う通り。街で一番人気になるのも分かる。ハンサムで未来の辺境伯でいかにも守ってくれそうな男性なのだ。しかも声も落ち着いたバリトンなので、聞いていて安心できる。
つい見惚れていると、アンディがちょっとムッとした顔になったが、すぐに私のことをディーンに紹介する。
「彼女はナタリー。大怪我をして河を流されているところ俺が助けたんだ。今日のこのアプリコットを使ったお菓子も全部、ナタリーが作った。ナタリーはこう見えて料理も上手だし、部屋の掃除も得意だ。一緒に森の中で木の実集め、キノコを採取する。畑も手伝ってくれるし、狩りのための罠の設置もできるようになった。それにこの細い腕で薪割もできるんだ。あとは……」
アンディは私の紹介してくれている。で、でも、それは紹介の域を超えているのでは!? でもディーンは嫌な顔を一つせず聞いた後。
「なるほど。ナタリー嬢のことがよく分かったよ。……それになんだか二人はまるで息の合った夫婦のようだね」
「「えっ」」
ディーンの言葉にアンディも私も顔はもちろん、全身が真っ赤になる。
「だって、この森での生活を二人とも満喫しているし、助け合って生きているように思えるよ。……ナタリー嬢、アンディは女性と付き合ったことなんてないから口下手だろうし、愛情表現の仕方も苦手だろうけど。まあ、これからもよろしく頼むよ」
「えっと、あ、え、あ、はい?」
突然そんなことを言われ、私はしどろもどろになり、アンディは右手と右足が同時に出るなどたじたじ。
ともかく会った瞬間からとんでも発言をしたディーンだったけれど……。着席して食事を始めると、いろいろなことを話してくれた。それは……森の中で生活していると、知ることができない情報。
「……王都ではなんでも王太子が浮気をして、その婚約者の伯爵令嬢が王太子に婚約破棄を言い渡したらしい。すると王太子は不敬罪だとその令嬢を断罪し、鞭打ちし、国境まで連行し、河に突き落としたそうだ。さすがにこれは多くの国民が反発していた。新しい婚約者は平民出身だ。普通なら国民は喜びそうなのに。元婚約者への仕打ちがひどすぎると、王太子の評判はだだ下がりなんだそうだよ」
ディーンは……王太子の婚約者の名前を知らないわけはない。アンディは私のことを「ナタリー」としか紹介していない。でも今、ナタリーの名を聞いて思い浮かべるのは皆、「王太子の元婚約者」だと思う。その上でこれを聞かせたのは……。
教えてくれたのかな。私が消えた後の王都の様子を。王太子のことを。
……。
そうか。王太子の評判はだだ下がり……。
スチュ王太子は表向きは強気。実際はうたれ弱い。いわゆる豆腐メンタル。国民の反感を買っていることに、内心ガタブルだと思う。
結局。国王が絶対と言っても、革命は国民により起きるのだから。国民を敵に回すことは、控えたいはず。
「しかも王太子の新しい婚約者は、どうやらこれまで体験したことのない贅沢な環境に溺れてしまったようだ。国民の血税を使い、とんでもなく高額なネックレスを婚約祝いに欲しがったのだとか。それが国民の知るところとなり、王太子は勿論、その新しい婚約者の評判も悪いらしい。前の婚約者はずっと同じネックレスとブレスレットをつけ続け、贅沢をしていなかった、ってね」
ディーンのこの言葉には、困ってしまう。私が好んで同じネックレスとブレスレットをつけていたわけではない。スチュ王太子につけるよう強制されただけだった。でもまあ、私は宝飾品に強い興味があったわけではない。だからそう言った意味での贅沢はしなかったと思う。
「しかし。彼のような男が、いつかこの国の王になるのかと思うと、不安になるよ。婚約者がいるのに別に好きな人ができてしまった。それ自体は……仕方がないことかもしれない。でもそれなら手順があるべきはずだ。まずは現状の婚約者に心から詫びて婚約を白紙撤回し、一定の期間を経て、新たな婚約者を迎える。それぐらいの礼儀作法もできないなんて……」
「でも、平民出身者の新しい婚約者に元婚約者が嫌がらせをしていたという噂が……ありませんか?」
「ああ、それは」と、ディーンは食後に出した紅茶を静かに口へ運ぶ。