10:昔話
「僕はかつての王宮付き魔術師、名はマーラン。メビウス・リングに魔法をかけた者だ」
これを聞いたアンディは驚きより、喜び!
既にこの世にはいないマーランに会えたこと。
それが何を意味するかよりも、アンディは感動でいっぱいだった。
ずっと尊敬し、憧れ、いつかは越えたいと思った魔術師マーランその人がそこにいる!
当然、振り返ろうとした。
声が聞こえる方を見ようとしたのだが。
体が動かない。
「申し訳ないね。その状態で話を聞いて欲しい。あ、あと君の魔力。ちゃんと元に戻すから、安心して欲しい」
体は一切動かないのだから、背を向けたまま聞くしかない。
それに魔力を戻す……魔力切れで倒れた自分を、元に戻せるということだ。
もしここが死後の世界なら、魔力を元に戻す必要なんてないはず。
ということは自分が死後の世界にいて、マーランに会えたわけではなさそうだ。
今いるここは、天才魔術師マーランが作り上げた特殊な空間なのか。
ともかくアンディは、マーランの姿を見ることなく、話を聞くことになった。
質問したいことはいろいろあるが、まずはマーランの話を聞くことにした。
「さて。どこから話すかな。まずは……メビウス・リングと僕との出会い。あの指輪に触れたということは。あの指輪がどんなものであるかは……当然、分かっているのだろう。説明は割愛する。それであの指輪と出会うことになったのは……」
王宮付き魔術師になる前の、まだ十代だった頃のマーランは、王都ではない場所に住んでいた。ザロックの森からは少し離れるが、河沿いの村に住んでいた。そしてその河は、あの河だ。そう、鞭打ちされた私が落とされ、流されることになった河。
当時、魔法を使えることは、公にしていなかった。でもマーランに頼むと、何でもやってくれる――そう、評判になっていた。何でもできる。当然だった。魔法を使っていたからだ。
いつしか“何でも屋のマーラン”と言われるようになり、お駄賃をもらい、頼まれ仕事をこなすようになる。その評判は、周辺の村々まで伝わり……。
マーランは隣の村へ、出向くことになった。
出向いた場所は居酒屋。
昼間はレストラン、夜は居酒屋として。昼から夜まで開いている、村に必ず一軒はあるタイプの居酒屋だ。ただし、宿屋の兼業はしていない。二階は店主家族が住んでいた。そして店主夫婦には、長男、長女がいるが、二人とも家業を手伝っている。よって店が閉店するまで、二階に人はいない。
その二階。
誰もいないはずなのに。
物音がするというのだ。
夜は居酒屋を営業しており、一階はわいわいやがやがやしている。
通常はそんな物音なんて、聞こえないはずだった。
でも突然ガタッと大きな音がする。
ビールを飲むのをやめ、お客が天井を見上げることも、しばしばあるという。
営業を終え、二階に行くと……。
洗濯物を入れた籠が、棚から落ちていたり。
マグカップが割れていることもあった。
営業中の二階で何が起きているのか。
それを確認して欲しいというのだ。
「そんなことをわざわざ自分に頼むのか……と思ったけれど、逆にそんなことを頼まれる人間は少ないのだろうと思い、引き受けた。そしてその日は店が営業している時間、客間として用意されている部屋で待機し、物音がしたら、即確認することにしたんだよ」
魔法を使うこともないかもしれない……と思っていたが、そんなことはなかった。
「物音を起こしているのは、ゴーストなんかではない。テンだった。この大陸ではありふれた動物で、民家に侵入にし、屋根裏で巣作りをすることもあった。人がいないと屋根裏から居住エリアに降りてきて、餌を漁り、家具を齧ったりするわけだ。すぐに正体は分かったが、その動きは俊敏。結果として魔法を使い、捕らえることに成功した」
その時の報酬として、居酒屋の店主が差し出したのが、なんとメビウス・リングだった。
「客の忘れ物としてとっておいたが、持ち主は現れない。しかもかれこれ百年経つ。売り払うことも考えたが、元は客の落とし物。罰が当たりそうに思える。そこで落としているのを拾ったのなら、誰かに無償であげる形にすれば、恨まれることもないだろうと考えた。こうして僕にくれることになったのだけど……」
店主はそれがメビウス・リングだと思っていなければ「どうせ金メッキの安物かもしれないが、メッキでも金。小遣いぐらいにはなるだろう」と言っていたのだ。
「もしかしたらとんでもなく価値があるものかもしれませんよ、本当に僕にお駄賃代わりでくれるのですか?と確認した。店主は『ああ、構わない。元々自分達のものではないから』と、例え純金製であっても構わないというのだから……。清貧な一家だった」
そうして指輪を受け取り、そのまま客間に泊まることになった。
そしてそこでマーランは一人の女性と出会う。
この居酒屋の店主夫妻の娘アマナ・ランズベリーだ。
アマナは営業中、顔にはメイクでそばかすをつけ、伊達メガネをかけ、髪も無造作な三つ編みにしていた。だが営業を終え、家族だけになると……。
そばかすメイクを落とし、伊達メガネを外し、髪を下ろす。
その姿はもう、女神のような美しさだ。
アマナは二十二歳。働き者で器量よしなので、そのままの姿では、男どもに言い寄られてしまう。居酒屋に来る客の中には、体目当てで悪さを企む男もいる。酔った勢いで悪さをしようとする男もいるのだ。自衛のため、アマナはあえて垢抜けない女性の姿に変装していた。
そのアマナは結婚にあまり興味もなく、このまま家業を手伝いたいと考えている。両親も昔は結婚を勧めたが、本人の意志が固く、諦めていた。長男はいずれお金が貯まったら、騎士養成学校に入学するつもりで、家業を継ぐつもりはない。アマナが家業を継ぐのは……両親としても悪い話ではなかった。
こうして驚く程の美貌と、明るく接客に向いた性格ながら、アマナは独身。しかも恋人も婚約者もいない。そんなアマナがマーランの前に現れたのだ。
























































