SS:中編
「いらっしゃいませ」
そこは王都では知る人ぞ知る珍品が集まるお店だった。
東方から伝来した壺や香、絵画があるかと思えば、沈没船から引き揚げた彫像や楽器、魔術書や妖精の森で作られたステッキまで、ありとあらゆるものが売っていた。
店内に入ると、それは西洋版バラエティストアみたいだ。まさにジャングルさながら、どこに何があるのか、店内を歩いて探してみよう!みたいな。
そこで私は見つける。
「これは!」と思える品を。
「ブラウン、見て、この天球儀!」
私が目を輝かせてアンティークな天球儀に駆け寄ると、まさに魔法使いみたいな風貌の、白髪に長い白髭の店主が姿を現わした。
「お嬢さん。これに目をつけるとはお目が高い。これはかつて王宮付きの魔術師をしていたマーランが使っていた天球儀じゃ。この時計で未来でも過去でも日付と日時を指定すると、天球儀が自動的に動き出す。そしてその日時の天体の運行を再現してくれるんじゃ。魔法が使われているのか、そういう機械仕掛けになっているのか。分解すると分かるかもしれないが、マーランは今から百年も前の魔術師。そんなアンティーク品だから、分解すると元に戻せない可能性がある。ゆえにどんなからくりかは不明。そしてこれはほれ、この通り、ちゃんと動く」
そう言うと店主は時計の日付を合わせる。するとカチッと音がして、天球儀が自動的に動き出した。すると太陽が昇り、やがて沈み、そこから様々な星座が上る様子を再現してくれる。
「すごいわ……」
「そうじゃろう、そうじゃろう。一秒のズレもなく正確に動くから、分解してメンテンナンスする必要もない。ということでこちらは金貨103枚じゃ」
「「金貨103枚!?」」
ブラウンと口をあんぐり開け、驚きを隠すことができない。
でも今は森の中で生活していた頃とは違う。
貴族の令嬢に戻ったのだ。
ゆえに金貨103枚は出せない金額ではない。
それにアンディは宝石のついた指輪を贈ってくれたのだ。
そちらの方がさらに倍の金貨を使ったはず。
ここで高いとケチる必要はない。
だがさすがに今日はそこまで持ち合わせがなかった。
「金貨50枚払います。今日は取り置きしてもらい、後日残りの金貨と引き換えで、販売してもらえませんか?」
「勿論と言いたいところじゃが」
そこで好々爺にしか見えない店主が、私をじっと見る。
「長生きをするとな、金貨に価値を見出せなくなる。つまり金貨では手に入らない物が欲しくなるんじゃ。それは例えば思い出。綺麗なお嬢さんと美味しい紅茶を飲み、楽しい冒険談を聞ける――こっちの方が、金貨よりも価値がある」
もしかするとこの好々爺にしか見えない店主は、新手のナンパをしているのかしら!?
「つまりお嬢さんがここに至るまでに体験した数奇な運命を聞かせてくれるのなら、金貨50枚で、この天球儀は手を打とう。しかも上質な茶葉のお茶と、舶来品のスイーツも楽しめるぞ」
「ナタリー、上手い話には裏があると言うわよ。お茶に睡眠薬が入っているかもしれないわ」
ブラウンが耳元でささやいたのに、店主は地獄耳のようで、ちゃんと話を聞いていた。
「この年になると色欲なんぞとうの昔に卒業じゃ。茶には毒も薬も盛るつもりはない。さあ、どうする、お嬢さん?」
店主は……やはり好々爺にしか見えない。しかもその瞳は、アンディのラピスラズリのような瞳に似ている。そのせいもあり、悪人に思えなかった。
そしてお茶を共に飲み、何やら話をすれば、半額であの天球儀が手に入るのだ。ならばここは……。
「分かりました。取引は成立でお願いします」「もう、ナタリー!」
◇
ブラウンは散々心配したが、何ら問題は起きなかった。
好々爺に見える店主が用意してくれたのは、舶来品とされる羊羹と緑茶!
私からすると前世を思い出す、実に渋いチョイス!
でもこの西洋の世界で、羊羹と緑茶なんてそう手に入るものではない。
よって確かに珍しいものであるし、懐かしいものであり、私はとても嬉しくなっている。
しかも緑茶は玉露だ。美味しい!
ブラウンは初めて味わう玉露に、最初は警戒していた。一口飲むと「苦い気がする!」と大騒ぎしたが、数口飲むと「……美味しいわ」とすっかり気に入っている。さらに羊羹は「黒い食品なんて聞いたことがないわ! 悪魔の食べ物よ!」と言っていたが、こちらも食べると「甘い……」とご満悦。使い魔だから人間の食べ物はいける口で、しかもグルメだった。
私も久々に味わう和菓子にほっこりしていたが、店主は「では話してもらおうかと」と催促をする。何を聞きたいのかと思ったら……。
「お嬢さんは数奇な星の下に生まれたとお見受けする。一度死の淵を彷徨い、その後大冒険をして、この王都に来たのでは? 一体どんな経験をしたのか。それを聞かせて欲しいのじゃ」
つまり私が鞭打ちされ、川に落とされ、アンディの住む森に行くことになり、そして紆余曲折を経て、この王都に至った迄の話を聞きたいと言うのだ。
「……時間、かかりますよ」
「結構、結構。お菓子はたんとある」
見るとせんべい、落雁、麩菓子、豆菓子と、何やら東方伝来のお菓子が沢山テーブルに置かれている。どうやらこの店主の中で、東方ブームが起きているようだ。
「分かりました。それだけおやつがあるなら十分です。では話しますね」
お読みいただき、ありがとうございます!
SSから読み始めた人は、ここで本編を一気読みすると楽しいかもしれません(笑)
























































