52:もうあの楽しい日々は……
「ナタリー、オルドリッチ辺境伯と宰相であるマクラーレン公爵にとてもお世話になったことは分かっている。父さんと母さんから御礼の手紙と御礼の品を贈っておこう」
父親はそう言うと、さらにこんな提案をした。
「今日は一緒に夕食をとろう、そちらのアンディさまもぜひ。そして……ナタリー、ここがお前の家だ。部屋もそのままにしてある。メイドもいるから。今晩、自分の部屋で休むだろう? また私達と一緒に暮らすだろう?」
父親にそう提案された私は、嬉しくあり、そしてやはり寂しい気持ちにもなっていた。もう本当に、アンディとの生活は……終わりだと。でも今、悲しい顔をすれば、誤解されてしまう。だから笑顔で「ええ、このお屋敷でお父様とお母様と暮らします!」と返事をしていた。
両親は喜び、早速オルドリッチ辺境伯と宰相マクラーレンに、手紙と御礼の品を手配している。「改めてお二人には会いに行こう。辺境伯もまだ数日は王都へ滞在するだろう?」と父親は言い、これにはアンディが「最低でも三日間は滞在すると言っていたので、会うことはできると思います」と答えてくれた。
ちなみに。
幼い頃、私とアンディは、王宮の庭園で顔合わせをしている。その時の記憶を、両親もまた持っていなかった。これは私のように忘れたわけではなく、あの王宮付き魔術師だったファーガソンにより、記憶をいじられた可能性が高い。
だから今日、両親はアンディに初めて会ったという態度で接していた。でもこれは仕方ないと思った。今日の出会いで両親もアンディのことをしっかり覚えただろうし、二度と忘れることはないだろう。
こうして。
母親は夕食についてバトラーと話し、父親は国王陛下に御礼の手紙を書くことになった。一方のアンディと私は、夕食までの1時間、ぽっかり時間ができてしまった。
伯爵家とはいえ、アンディを案内できる場所と言えば……。庭園ぐらいしかない。でもミラー家の庭園は……実は自慢できる庭園。なぜならその庭園は、ちょっとした遊びの施設みたいだからだ。
というのも庭園の中には、温室、ミラーハウス、バードドームがある。1時間を潰すには丁度いいということで、アンディを連れ、庭園へ向かう。庭園では沢山のヒマワリが元気よく咲いている。そのすぐそばの温室に連れて行き、比較的珍しいと言われる植物を、アンディに紹介した。
「サボテン、ハイビスカス、ナツメヤシ、モンステラ……どれも確かに知らない植物だ。森の中では全く見かけない……」
アンディは興味津々で、温室の中の植物を眺めている。続いてミラーハウス。これは四畳半ぐらいの広さの、元は庭園の整備に使う道具を納める小屋だった。それを改良し、ミラーハウスに作り変えたのだ。
「……! ナタリー、これは……! なんだかこれは不思議だ。こんなに沢山のミラー、すごいな」
「アンディは移動式遊園地で遊んだことはない?」
「ないな」
「じゃあ、今度、王都に移動式遊園地が来たら、一緒に遊びに行きましょう」――そう喉まで出かかったが、言うことは……できなかった。アンディと今後も会うことができるのか、それは分からなかった。
王宮付きの魔術師にアンディはなるのだ。しかも覚えることもあるし、休みの日は、森の家へ帰ってしまう。
一度や二度ぐらいは。
森の家へ呼んでもらえるかもしれない。
でもそれ以降は……。
そこで忘れていた彼の運命の女性について思い出す。
そっか。彼女を一緒に探そうと提案すれば、アンディとまだ一緒にいることができる……!
「ナタリー、これ、孔雀だろう? 図鑑で見たことがある。本物は……初めて見た」
アンディの言葉に我に返る。
ミラーハウスからバードドームへ移動してきていた。
ここで父親が一目惚れした孔雀を、オス1羽、メス3羽で飼っている。
今は季節が夏なので、求愛行動をしない。だから飾り羽をオスが広げることはなかった。ただ、換羽の時期なので、運が良ければ飾り羽も落ちている。そのことを伝えると、アンディは孔雀が闊歩する砂地を観察し、見事、飾り羽を手に入れた。
軍服の胸ポケットに羽をしまうと、まるで最初からそこにあった飾りのように思える。
「これで庭園はお終い。そこの池のほとりにベンチがあるから、そこで休憩しましょう」
池はただの池で、日本の庭園の池みたいに、鯉を飼っているというわけではない。人工的に作られた池で、もし火事があればこの池の水が役立つ――その程度の池。でも手入れはちゃんとしているから、藻がぎっしり生えて濁っている……なんてこともなく、水は澄んで美しい。だからぼーっとしたい時に、このベンチに座り池を眺める。そんな暇つぶしにピッタリの池とベンチだった。
そんな池のそばのベンチに、アンディと私は並んで腰を下ろしていた。
もうすぐ夕食だし、少ししたら屋敷の中に戻ろう。
そう思いながら、さっき思い出したことを、アンディに話してみようと決意する。
「アンディ」「ナタリー」
いつかのように、お互いに名前を呼び合っていた。
こうなると……私が先に話すことになる。
そう思い、口を開きかけた。
























































