29:チャンスを窺う
ディーン……!
「しかもザロックの森に王太子さまが火を放ったと聞きましたが。本当でしょうか? 放火はこの国の法においても重罪です。さらにここノースコートにおいて。我が父であるオルドリッチ辺境伯は、この地方独自の条例で、放火は死罪と定めています。それはどのような身分であったとしても」
「貴様、辺境伯家の息子か! たかがオルドリッチの息子ごときが、王族であるわたしに対し何を」
怒鳴るスチュ王太子を騎士達が宥めにかかる。
オルドリッチ辺境伯家の家系図を辿ると、それはスチュ王太子の先祖につながっていた。つまり、オルドリッチ辺境伯家も元は王族の一員。
それを騎士から聞かされたスチュ王太子は舌打ちし、そして私のことを馬車へ乗せるよう騎士に命じた。
「嫌です! 私は王都へなど行きたくない!」
「黙れ、ナタリー!」
「お止めください、スチュ王太子さま!」
「うるさい!」
怒鳴ったスチュ王太子は剣を抜いていた。
いくつもの叫び声が聞こえてくる。
剣を抜いたスチュ王太子は、自身が連れている騎士の一人も傷つけながら、ディーンのことを斬りつけていた。
「ディーン様!」
ディーンの部下の騎士とスチュ王太子の騎士が一発触発の中、スチュ王太子は私を担ぎ上げ、馬車の中へ押し込んだ。荒々しく扉を閉めるとすぐに馬車を出すように命じた。
私は馬車の扉を開けようとするが、この馬車は扉の外側から鍵をかけることができるようだ。内側から、開けることができない。しかも扉を開けようとしていると、馬車が急発進した。さらにスピードをあげたので、座っていなかった私は、馬車の中で小石のように転がることになる。
このまま王都に連れて行かれるの!?
自分の身も心配だったが、それ以上に森にいるであろうアンディがどうなっているのか。スチュ王太子に傷つけられたディーンは大丈夫なのか。
心配で、心配で、堪らなかった。
今、馬車はものすごい速度で走っている。
だが馬は生き物。前世の車とは違う。こんなにスピードを出していれば限界が来る。止まった時に、何かアクションを起こすのだ。例えば急に発進したので、座席から落ち、怪我をしたと訴え、扉を開けさせる――とか。
でも、扉が開き、外へ逃げられても……。
逃亡するにはまずはこのドレス姿では無理だし、訓練された騎士相手に何ができるだろう?
恐怖には打ち勝てた。だが怒りの感情がおさまると、冷静な判断力が戻って来た。その状態でどう逃亡するか考えたが……。
橋だ。
ノースコートと王都を結ぶ道の途中には、大きな河があったはず。私が流された河の支流にあたる河が。そうだ。その橋の上で馬車から逃亡できたなら。橋から河に飛び込む。
騎士は甲冑を着ているし、河にすぐ飛び込むことはしないだろう。
河に飛び込むならドレスを着ている必要はない。
下着姿で十分だ。
着ていたドレスをなんとか揺れる馬車の中で脱ぐ。
なんとか脱げたと思ったら、馬車が急に止まり、ひっくり返りそうになる。
どうしたのだろう?
もう馬のスタミナ切れ……?
そう思った瞬間。
馬車の扉の方で音がした。
なんだかミキミキと軋むような音がしている。
扉が吹き飛び、扉がなくなったその先の空間には……アンディがいた。
「アンディ……!」
白シャツと黒いズボンのあちこちが焼け焦げ、顔や腕には煤もついている。
美しいアイスブルーの髪は乱れ、ラピスラズリを思わせる瞳には怒りの炎が燃えていた。だが私の顔を見ると。
「ナタリー!」
表情が和らぎ、扉があった場所に駆け寄ったアンディが両腕を広げている。迷うことなくその腕の中に抱きついていた。
「ごめん、すぐに助けられず」
アンディの手が私の背と頭をぎゅっと力強く抱きしめる。私も力の限り、アンディに抱きついていた。
「本当に、ごめん、ナタリー……」
震える声に、アンディが泣いていると気づき、驚いてその顔を見上げる。
ラピスラズリのような瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「な、アンディ、そんな、私のために泣く必要は……」
「でもナタリー……。そんな姿で……。スチュの奴に無理矢理……」
今の言葉で、自分がドレスを脱いでいたことを思い出す。でもそれは河に飛び込むためだった。そこでふとアンディの背後に、私は視線を向けていた。それはここがどこだろう、もしや橋のあたりかしら?と思って見たのだけど。
そこに私は恐ろしいものを見つけ、悲鳴をあげることになる。
「あぶない、アンディ!」
























































