28:大切なものが……
誰かが体に触れていると感じ、目が覚めた。
うつ伏せで、白いシーツが見えている。
「問題ないようですね」
「そうか、安心した」
声に驚き、顔をあげると、白衣の眼鏡をかけた初老の男性の姿が見えた。同時に自分が全裸であると気が付き、絶望的になる。さらに追い打ちをかけるように、視界にスチュ王太子の姿をとらえてしまう。
「良かったよ、ナタリー。あいつの家にいたから、てっきり……と思ったが、そんなことはなかったのだね」
初老の男性が私に掛け布をかけると、スチュ王太子が抱きついてきた。
その瞬間、ようやく叫び声を出すことができた。
でもスチュ王太子の手が、すぐに私の口を押さえた。
「お前はもういい、部屋から出ていろ」
白衣の初老の男性は、お辞儀すると部屋を出て行く。
スチュ王太子と二人きりになりたくないと思い、懸命に声を出し、体を動かそうとするが、どうにもならない。むしろ無理に動くと、薄っぺらい掛け布が体からずり落ちそうになるので、身動きもとれなくなった。
「ナタリー。君のために王宮付きの侍医をわざわざここ、ノースコートまで連れてきたのだよ。君はヒドイ怪我を負って河に落ちたから。きっと大怪我をしているだろうと思って。でも君の体を侍医と一緒にしっかり見せてもらったが、傷ひとつない。安心したよ。それに君が乙女であることも間違いないと、侍医は判断した。本当に安心したよ。わたしの婚約者に戻ることに、何も問題ない」
スチュ王太子の言葉に、まさに身の毛もよだつ状態だった。
きっと大怪我をしている?――そんな言い方をすることが信じられない。
思い出したくなくて。
思い出さないようにしていた。
牢屋に来たスチュ王太子は、私に鞭を振り下ろしたのだ。数回振り下ろすと「気持ち悪い。吐き気がする」と捨て台詞を言い、牢屋から出て行った。その後は彼の部下が交代で私に鞭を……。
自分の目で見ていたはずだ。そして血まみれになった私が牢屋を出て、外へ連れ出されるところだって見ているのに。
それなのに「きっと大怪我をしている」と言えるなんて。
「メイドを呼んで、ドレスに着替えさせるから。奴が来る前に王都へ戻ろう。森には火を放ったから。奴もすぐに来ることはできないと思うが、念のためだ」
「な、どうして? どうして森に火を放ったの? なぜそんなひどいことをするの?」
スチュ王太子の行動の何もかもが理解できなかった。ただ、悪魔のような所業を平気で行う彼には恐怖しかない。怒りよりも怖さが勝り、再び全身が震えていた。
「ナタリー、奴のことが気になるのか?」
冷たい一瞥を向けられ、心臓が止まりそうになる。
「だから本当は、あの時、奴が死んだか確認すべきだったのに。父上が甘いから」
スチュ王太子は何を言っているの……?
「ともかく。ナタリー、お前は私の婚約者だ。奴のことは二度と口にするな」
吐き捨てるようにそう言うと、スチュ王太子は大声でメイドを呼んだ。同時に。部屋から彼が出て行ったことに心底安堵する。入れ替わりでやってきたメイドは、無言で私に下着をつけ、ドレスを着せて行く。
その間、なんとか気持ちを静め、事態の把握に努めようとしたけれど。
さっき聞いてしまった状況が気になって仕方ない。
森に放たれた火はどうなっているのだろうか。
アンディは魔力が強い。
そうであっても、森の火災を瞬時におさめることなどできるのだろうか?
気絶してしまった使い魔達の様子も気になる。
着替えが終わり、メイドが部屋を出て行った瞬間。
部屋には私、一人だった。
ソファにテーブル、ベッドと暖炉、シンプルな作りから、ここは旅籠の部屋だと判断する。窓はベッドの左右にあった。見えるだろうか。
素早く駆け寄り、窓を開けると。
涙がこぼれ落ちた。
森のある方角から煙が見えている。
部屋は2階のようで、階下に見える道を行き交う街の人達が、森の方角を見てざわついている様子が伝わってきた。
なんて、なんてヒドイことを……。
大切なものが炎に包まれていると思うと、胸が張り裂けそうになる。
「ナタリー、行くぞ!」
扉が開き、スチュ王太子の恐ろしい声が響いた。
◇
スチュ王太子に強引に引っ張られ、抵抗すると、最後は担ぎ上げられ、旅籠の外に出ることになった。
森が燃えている。
それをこの目で見た瞬間。
恐怖に打ち勝ち、怒りを感じていた。
許せない。
もう。
絶対に。
アンディの、そして私の帰る場所を奪ったスチュ王太子を、絶対に許してはいけないと思った。
私は……悪役令嬢だった。
でも既に断罪され、十分過ぎる程、ひどい目にあっていた。
これ以上の不幸をゲームが望むとしても、私は断固それを拒否する。
「おろしてください!」
もう後先など考えていられなかった。
思いっきり、スチュ王太子の背中を拳で叩くと、馬車のそばの石畳の上に投げ出された。
「ナタリー! わたしに拳をあげるなんて!」
釣り目をさりに釣り上げたスチュ王太子が、自身の拳を振り上げた。殴られるという恐怖で顔と頭を両手で必死に庇った。
それはほんの数秒のことだと思う。
激痛がやってくると思ったが、それは来ない。
「貴様……何をする。わたしを誰だと思っている」
「スチュ王太子であることは重々承知しています。ただ、この女性は私の友人が心から大切にしている方です。いくら王太子さまといえ、女性に手を挙げるなど、王族の誇りにかけ、あってはならないことでは?」
























































