26:キュンとして切なく
翌日。
今は早朝。
私は目を開ける。
そこに清々しい顔立ちの青年が目に飛び込んでくることは……ない。
そして。
今朝はトウモロコシの収穫はない。
だから。
まだアンディは寝ている。
ということでベッドから降りると、身支度を整える。
明るいシトラス色のワンピースに着替えた。
準備完了。
そのままキッチンへ向かい、アーリー・モーニングティーの用意を始める。
ずっと、アンディがアーリー・モーニングティーで私を起こしてくれている。でも昨晩の会話でハッキリ分かった。私はこの家で下働きする身。アンディは私からしたらご主人様だ。
ならば。
アーリー・モーニングティーは私がアンディに運ぶもの。
よし。用意はできた。
トレンチにティーカップとソーサー、ティーポットなどをのせ、アンディの部屋へと向かう。静かにドアを開けると、モフモフの使い魔達が一斉に目を覚ました。みんなアンディのベッドの周りで寝ていたのね……!
アンディの部屋にこんな時間に入るのは初めてのことだった。だから使い魔達がアンディと一緒に寝ているなんて知らなかった。
いいなぁ。あんなにモフモフに囲まれて寝ているなんて。
そんなことを思いながらも、使い魔達には「静かに」と指を唇に当て合図を送る。するとみんな分かったようで、その場で動くことなく、私のことを見ていた。
そのまま部屋の中に入る。
アンディは整理整頓ができるタイプで、部屋の中はいつも整っていた。おかげで掃除をするのもとても楽だった。
サイドテーブルにトレンチを置き、丸椅子を持ってきて腰かける。
この様子を見たモフモフの使い魔達は、私の意図に気が付いたようだ。そのまま静かに私と一緒に、アンディが目覚めるのを待ってくれている。あと10分もすれば、アンディが起きる時間だと思う。いつも私を起こしに来る時間を逆算すると、身支度を整え、アーリー・モーニングティーを用意して……。
そこで改めてアンディを眺める。
こちらに背中を向けて寝ているので、横顔を眺めることになる。
瞼にかかるアイスブルーのサラサラの前髪。
ただそれだけでもカッコよく感じる。
閉じられた瞼から伸びる髪色と同じ長い睫毛もとっても素敵。
横顔だから分かる鼻の高さ。
肌はホント、女子並みに綺麗。
すごいわ。
こんなイケメンの寝顔、生で見るのは初めて。
二次元で見るのと違い、呼吸をしている。
存在感といい、生きていることを実感してしまう。
目覚めた瞬間。
私を見たら、驚くかなぁ。
それは……驚くだろう。
……!
大変重要なことに気が付く。
アンディはイケメンだ。
だからこそ、目覚めて目にその顔が飛び込んできても、眼福となる。
あ……。
そこでさらに気が付くことになる。
アンディが目覚めて見たい顔は、きっとあの肖像画の成長した少女の顔だ。つまりは運命の女性。私の顔など見ても……。
驚く、ビックリして叫ぶ。
それが関の山だと理解できてしまう。
止めておこう。
アーリー・モーニングティーが用意されていることは、見れば分かるだろう。私がいなくても、勝手に飲んで、身支度を始めてくれるはず。
丸椅子から立ち上がり、アンディに背中を向けると。
手首を掴まれた。
「きゃぁぁぁぁ」
ここでまさか手を掴まれると思わず、とんでもない大声を出してしまう。
「ご、ごめん、ナタリー」
すぐに手首を掴む手がはなれ、アンディの声に事態を理解する。
ここには人間は、アンディと私しかいない。
手首を掴むとしたら、それはアンディしかいない。
冷静に考えれば、すぐに分かることなのに。
こんな、悲鳴を上げてしまうなんて。
猛烈に恥ずかしくなる。
同時に、こんな悲鳴を聞かせてしまい――。
「アンディ、ごめんなさい」
傘の持ち手部分みたいに、体を折り曲げ謝罪する。
「いや、ナタリー、俺が悪かった。急に手首を掴んだから」
「いえ、だからってあんなに叫んで……本当に、ごめんなさい!」
「じゃあお互いにごめんということで。顔をあげてよ、ナタリー」
申し訳ないな~と思いながら顔を上げると。
……!
アンディは寝起きなのに。
なんて清々しいのだろう。
髪はサラサラだからかしら。寝ぐせもない。
顔もスッキリしている。肌艶もとてもいい。
例え目覚めた瞬間ではなくても。
朝一番に見る顔がアンディだったら……。
最高だ。
……少しだけ。
彼の運命の女性に、ジェラシーを覚える。
「まさかナタリーがアーリー・モーニングティーを持ってきてくれるなんて。まったくの予想外だった」
そう言ってさらに笑うのだから……。
眩しい……!
「いつも私ばかり悪いなって思って」
「そんな。気にしなくていいのに。……でも、なんで俺が起きる前に去ろうとしたの?」
「それは……」
目覚めに見る顔は私じゃないから。
「朝起きたらナタリーの顔を一番に見られる。体験してみたかったな」
それは……何、遊園地のアトラクションみたいな感じ?
目覚めてビックリ! 眠気は一瞬で吹き飛びます! みたいな?
「私の顔を朝一番で見ても」(苦笑)
「可愛い顔に癒されそうだと思う」(とびっきりの笑顔)
これには固まる。
でもそこでようやく気が付く。
私は……前世の私ではない!
悪役令嬢ナタリーは、美貌でスタイル抜群だったことを!
そうか。目覚めて見るとしても、悪くないのでは?
うん。悪くないと思うわ。
「では明日こそは、私がアンディを起こします」
「ぜひそうして。というか、またナタリー、話し方が」
つい、アンディ=ご主人様モードになってしまう。
「明日は私がアンディを起こすわ。それより、アーリー・モーニングティー。せっかくだから飲んで」
「ありがとう、ナタリー」
アンディが紅茶を飲む間に、カーテンを開ける。
モフモフの使い魔達もそれぞれ動き出す。
「今日も天気が良さそうだな」
「そうね。今日も洗濯物がよく乾きそう」
「ナタリー」
アンディが腰かけているベッドの方へ向かうと。
「良かったらナタリーもどうぞ」
空になったカップに、ティーポットに残る紅茶を入れ、アンディが差し出してくれた。
「いいの……?」
「ナタリーはアーリー・モーニングティー、まだだろう?」
そうだったので頷き、ソーサーを受け取り、カップを手に持つと。
気が付いてしまう。
これは……もしこのままこのカップの紅茶を飲むと……。
え、え、え。
アンディは既にベッドを整えている。
この後、アンディは身支度を整えるのだ。早く紅茶を飲み、立ち去らないといけない。
紅茶は熱々ではない。数口で飲み終わる。
だが……!
「ナタリー、どうしたの? とんでもなく真剣に紅茶を眺めているけど」
アンディのラピスラズリのような瞳が、不思議そうに私の姿を捉えている。
「な、何でもないのよ。ほら、いい香りがするから、か、香りを楽しんでいたの」
変に思われる。いや、もう思われていた。
気にせず、飲んでしまおう!
そこでぐびぐびと紅茶を飲む。
「ぷはーっ」
アンディが爆笑している。
それは……そうだろう。
こんな勢いよく飲む必要はないのだから。
でもこうでもしないと……。
「ナタリーに起こされると、朝から楽しいな」
ぽんぽんと優しく頭に、アンディの手が触れていた。
間接キスを……した上に、こんな風にされると……。
キュンとしてしまう。
アンディと朝、こんなことができるのは。
彼の運命の女性がくるまでのこと。
それはよく分かっている……。
キュンとして切なく、涙が出そうになるのを、私はぐっと堪えた。
























































