20:塩対応をする人?
「こっちに来て、ナタリー」
まるで子供が遊びに誘いに来た、みたいな感じで。アンディは私の手を掴むと走り出す。道はあちこち水たまりができているし、雹が転がっていたりするのに、アンディはそれを器用に避けて走っている。
そんなアンディに手をひかれた私は……もうドキドキがマックス。そんなアンディが私を連れて行った場所は……。木々が途切れ、遥か彼方にダンスをした湖が見える場所。
そこから見えたものは……。
「すごい! こんなにハッキリと綺麗な虹、初めて見たわ!」
完全なアーチ型で、綺麗に発色した虹が見えていた。
「いつも激しい夕立の後は、ここで虹が見られるんだ。かなりの確率で見られる」
「そうなのね。素敵だわ……」
「そのうち見慣れるよ」
「そうね」
思わず「そうね」なんて返事をしてしまった。
あとどれだけアンディの家にいられるか分からないのに。見慣れるほど、この森にいられるか分からないのに。
「さて。道草をくってしまったから、家へは魔法でズルして帰ろうか」
その言葉を聞いた瞬間。
洞窟で雨宿りを30分ぐらいして、私はアンディに抱きついていたわけだけど。
魔法を使えば、あっという間に家に帰ることができたのでは……?と気づいてしまう。
なぜ、あの時、すぐに魔法で家へ戻らなかったのかしら?
そう思ったが、アンディは私を見ると。
「ナタリー、手をつなぐよ」
「は、はいっ」
アンディに惚れてはならん!と分かっているのに。
惚れそうになる瞬間が多くて困る……。
そんなことを思っているうちにも、家へ戻ってきていた。
なるべくアンディを意識しないようにつとめながら、時が流れ、ついに舞踏会に行く日になった。
◇
今日は早朝から活動して畑仕事と家事をこなし、午後は昼寝をしてお茶をするという、実にまったりとした時間を過ごすことができた。おかげで早起きの疲れもとれ、舞踏会のドレスにも無事、着替えることができた。
私はラピスラズリのような色のドレスだった。対するアンディは……。
ラピスラズリ色のシャツに自身の髪色と同じアイスブルーのテールコートとズボンをあわせている。タイは黒で、ベストはワイン色のサテン生地と大人っぽい。メリハリのある色の組み合わせで、これが似合うのはアンディぐらいしかいないのではと、思わずガン見してしまう。
「ナタリー、なんか、変かな……」
あまりにもガン見してしまったので。アンディが困ったかのように私を見ている。変かどうかと問われたものの。全然、変ではない。むしろ大変素晴らしい。カッコいい。
そもそもアンディは美貌のイケメンなのだから。大概の服を着れば、素敵に見えるだろう。加えて今は、テールコートという魅力が増すような服を着ている。ここはドヤ顔をしても、誰も文句なんて言わないのに。
ということでここはまさに褒め殺し。大絶賛することにした。
「アンディ。正装は男性を増し増しでカッコよく見せるって、知っていたかしら? 今のアンディはとてつもないほどハンサムよ。舞踏会に私を伴わず出席したら、間違いなく、令嬢に取り囲まれると思うわ。ディーンのお嫁さん探しの舞踏会なのに。アンディに夢中になってしまう令嬢が増えてしまうかもしれない。それぐらい素敵。髪色にあわせた上衣とズボンのチョイス。瞳の色にあわせたシャツの色も素晴らしいわ。ベストの色がアクセントになっているのもいい。完璧よ」
私の言葉を聞いたアンディは……顔を赤くして、なんだか呼吸がままらなくなったのか、必死に深呼吸までしている。さらにとても苦し気な表情で「ナタリー、そ、それ以上は大丈夫だから……。ありがとう」と震えた声で告げた。
アンディはこんなに美貌のイケメンなのだ。
褒めてあげる人がそばにいたらいいのに……。
アンディの運命の女性は、まさに塩対応の人なのかしら?
そんなことを思いながらも、最後の仕上げで二人とも変装をした。
変装をしたと言っても。
アンディは髪を長くした。美しいアイスブルーの長い髪は横で束ね、前髪の分け目を変え、会場では仮面をつけるという。仮面舞踏会、というわけではないが、ディーンに確認したところ、マスクを着用しても構わないということだったからだ。
長髪というのは意表をつくし、前髪の分け目が変るだけで、雰囲気が明らかにいつもと違う。その上で仮面をつけると、完全に別人に見える。
一方の私は、髪の色をチョコブラウンに変えてもらった。それだけでもう十分、印象が変わっている。そしてノースコートには、私を知る人がいないだろうからと、瞳の色はそのままにした。
というのは表向きの理由。
本当の理由、それはアンディが着ているベストがワイン色で、私の瞳と同じだったから……。
本人に確認したわけではない。ただの偶然かもしれなかった。店員さんに勧められるままに、選んだのかもしれない。でもせっかくアンディの今日のコーデに、私の瞳と同じ色のものがあるのだ。そのままにしておきたいと思ってしまった。
こうして支度も済んだので、モフモフの使い魔に見送られ、魔法で森の外へ出た。少しだけ歩き、近くの村であらかじめ用意していた馬車に乗り込んだ。この日のためにアンディが手配してくれた馬車だった。
「魔法で移動もできるけど、せっかくの舞踏会だから。馬車の方が雰囲気でるだろう?」
それは確かにその通り。
舞踏会に行く時、馬車の中ではなんだかハラハラドキドキなのだ。これぞというドレスを選び、宝石を身に着け、めいっぱいオシャレをしている。ダンスの相手は見つかるかしら。ダンスに誘っていただけるかしらと、ドキドキするのが馬車での移動だった。
ちなみに舞踏会で素敵な相手と出会えれば。帰りの馬車は……意中の相手との距離を縮める空間となる。
というのは私にとっては建前。
本音は……。過去の舞踏会は、緊張をもたらすものばかりだった。なんとか悪役令嬢にならないように奮闘していたし、舞踏会でヒロインに会うのではないかと、モヤモヤしていたわけで。
こんなにリラックスした気持ちで馬車に揺られ、舞踏会に行けるなんて……。
今に至るまでにはおぞましい体験もあった。
ただ、現在は幸せなのだ。良しとしよう。














