1:この美貌のイケメンは鬼畜だ……!
「魔法は使えません。魔法を使えるのは……むしろあなたなのでは? 私の体は鞭打ちされ、河に落とされ、あちこちが岩にあたり、もうボロボロだったと思うのですが」
この『愛され姫は誰のもの?』という乙女ゲームでは、一応魔法も存在していた。多分、シリーズ化を予定していたのだと思う。次のシリーズでは魔法使いも攻略対象に出すつもりだったのではないかと、ファンの間では言われていた。私がプレイしていた一作目には、魔法も存在するとなっていたものの、魔法が使われる場面は皆無。
でも、三日であの怪我が治ったというのなら。どう考えても魔法でも使わないと無理。ゆえに魔法を使ったのではと尋ねると……。
美貌のイケメンは、背もたれに体を預け、ドヤ顔になる。
「そうだな。お前を拾い上げた時は……まあ、ヒドイ有様だった。どこもかしこも傷だらけで。でも怪我のない肌を見る限り。まるでシルクのように滑らかで美しい。どう考えても農民や街の娘ではないと思った。そうなると……貴族の令嬢だ。令嬢がこんな姿で河で見つかるなんて、どう考えても尋常ではないよな。よっぽどの罪人かとも思ったが。お前の着ていた服はボロボロで、裸も同然だったが、腕にはブレスレット、首にはネックレスをつけていた。ちゃんと宝石もついた高価なものだ。……金目のものを持っているなら話は別だ。だから助けた」
「つまり、人命救助というより、金目当てで私を助けたのですか?」
イケメンは真剣そのものの顔で頷く。
「ブレスレットとネックレスだけ奪い、放置することもできた。そんなことをすればクマかオオカミの餌食になっていただろう。でも助けて、俺の家まで運び、魔法で怪我も全て治癒した。その対価としてネックレスをもらった。当然だよな? それに、本当に体中の怪我は綺麗に治っている。確認してみるか?」
そう言った瞬間。
私は下着姿にされており、悲鳴を上げることになった。
この美貌のイケメンは鬼畜です……!
「ふ、服を! 服を元に戻してくださいっ!」
「確認しなくていいのか?」
「どこも傷まないし、あなたの腕を信じます!」
必死に言葉を紡ぐと、美貌のイケメンはニヤリと笑った。
するとさっきまで着ていたパステルピンクのワンピース姿に戻っていた。
まだ心臓がバクバクしている。
金目の物を奪い、放置することもできたはず。でも見ず知らずの私を助け、魔法を使い、きちんと傷も癒してくれた。悪い人ではない。でも常識人ではないのでは……!?
身に着けていたネックレス、そして腕に残るこのブレスレット。
これは私をこんな目にあわせたスチュ王太子に贈られたもの。婚約記念の品として。そして片時もはずすことを許されなかった枷のようなもの。それをこの鬼畜イケメンが対価として自分のものにしたとしても。別に構わないと思えた。
それよりも。
ここはどこなの? この鬼畜イケメンの家と言っていたけれど……河沿いの村? とにかく誰かもっとまともそうな大人に助けを求めよう。さっきみたいに服を消されるのは……ごめんこうむりたい。
既に彼には全裸に近い姿をさらしている。だからと言って、羞恥心がなくなったわけではないですから!
そこで思い出してしまう。
国境まで歩かされている時も、既に服はボロボロで、どれだけ恥ずかしいと思ったことか……。
痛みの記憶もさることながら、羞恥の気持ちが沸き起こり……。
悲しくなり、胸が……苦しくなった。
視界がなんだかぼやけて見える。
「……すまないな」
鬼畜イケメンの声のトーンが、深く沈んでいる。
驚いてその顔を見ると、ラピスラズリのような瞳が悲し気に曇っていた。
「魔法で、体についた傷は癒せる。でも心の傷は無理だ。時が癒すのを待つしかない。……お前が誰にどんな仕打ちを受けたのか、俺には分からない。だがどう見たってお前は貴族の令嬢で、そんな目に遭うために育てられたわけではないはずだ。辛かっただろうし、怖かっただろう」
鬼畜イケメンだったはずなのに。
普通に美貌のイケメンになった青年は、席を立つと私のそばにきた。
そして――。
「一人で泣くな。俺の胸を貸してやる。それでもう過去は忘れろ。前を向いて生きろ」
ぎゅっと私の頭を抱き寄せた。
一瞬、身構えてしまう。
抱き寄せる以外のことはしない。
ただ抱き寄せられた胸は、スリムな見た目に反して筋肉質で、そして広くて温かい。
気づくと涙がこぼれ、一度決壊した涙腺からはとめどなく涙が流れ続ける。美貌のイケメンは「大丈夫だから」と繰り返し、嗚咽する私の背を優しく撫でてくれた。
どれぐらい時間が経ったのか。
ようやく涙が収まった。
「ごめんなさい……。あなたのシャツが……」
美貌のイケメンは、白シャツに空色のズボンという姿。そしてそのシャツは、私の涙で濡れている。
「俺の胸とシャツの洗濯……このブレスレットでチャラにしてやろう」
「!?」
まさか、自分の胸を貸したことと、シャツの洗濯代として、このブレスレットを求めるということ!?
美貌のイケメンと思ったけれど。
やっぱり鬼畜イケメン!
「……まあ、でも。女の体に触れたのは久々だし。嫌な気はしなかった。だから……そうだな。しばらくこの家にいる分も込みで、そのブレスレットをもらおうか」
いろいろな意味でぽかんとしてしまう。
女の体って……。
そんな言い方をされるだけで、前世の感覚では「セクハラ発言!」と言いたくなってしまう。というかこれだけのイケメンなら女性に事欠くと思えないのに。私のワンピースを着た背中ぐらいで……。
え、よく見ると頬がほんのり赤いのですが!
「ちょっとあなた、まさか、気絶している私の体に……」
「はあ!? んなことするわけないだろう!」
全否定する鬼畜イケメンの顔は、真っ赤だ。というか耳や首まで赤い。
どうして!? 調子が狂う。
鬼畜と思ったら、この反応。
しかもこれだけのイケメンで、初心過ぎる反応は、反則でしょう!?
自分でもどうしていいか分からなくなり、目についたドアに向かい、駆けて行くと。
腕を掴まれ、つんのめることになった。