18:美味しい。幸せ……
「ナタリーの髪は俺のものだ。俺は……この長く美しい髪が好きだ。これからもちゃんと手入れをして、美しい髪でいてくれ。俺の髪なんだから、勝手に売るのは禁止!」
「なっ、それは……」
「名案だと思うわ。お嬢さん、大切になさい、自分の髪を。髪は女の命よ」
ダリそっくりの店員さんはウィンクをして、アンディの背中をバシッとはたくように叩く。
「あなたイイ男ねぇ。こんな風に女を守る男って素敵だわ。でもね、このお嬢さんがここに足を運ぶ前に止めないと。うっかりバッサリいっちゃうところだったじゃない」
店員さんのダメだしに、アンディは「すみません」としょげたが。
「でもまあ、間に合ったのだから。どうせお嬢さんもあなたも辺境伯の舞踏会に行くのでしょう?」
問われたアンディが店の入口に放置している紙袋に目をやる。そこには私のドレスと、アンディ自身の服が入っているらしい紙袋が乱雑に置かれていた。
「はい。そのためにドレスを買いにきました」
アンディが答えると、ダリそっくりの店員さんは……。
「だったらなおのこと、切らないのは正解よ。その美しい髪は舞踏会のために美しくセットしないと」
「そうですね」
「じゃあ、これでおしまいよ。髪をセットしたいお客さんが待っているからね」
店員さんの言葉に、私は慌てて立ち上がる。店員さんは私がつけていた布をはずす。
「仲良くね、お二人さん」
笑顔で手を振る店員さんに見送られ、店の外へ出た。
するとアンディは改めて大きく息をはいた。
「……間に合ってよかった……」
「ねえ、アンディ。私の髪を買ってくれたのは……嬉しいわ。ありがとう。これで確かに無一文ではなくなったわ。でも、髪にこんなに金貨は……」
するとアンディは私の髪をひと房手に取り、まるで手の甲にするようにキスをした。
「俺にとってナタリーの髪は、その金貨の枚数分の価値があるってこと。だから大切にして」
「……!」
たかが髪。
そう思っていたのに。
そんな風に言われると、自分の髪がまるで黄金のように価値あるものに思えてしまうから不思議。
そう思うのと同時に。
私の髪をそこまで大切に思ってくれるアンディに……どうしても心は揺さぶられてしまう。アンディは、女性に対し、誰であっても、こんな風に優しく接するのだろうか?
他の女性に対する接し方を見たことがないから分からないけれど。ただ一つ言えること。彼の運命の女性に対しては間違いない。こんな風に優しく接するのだろう。彼女は……幸せ者だ。
「ナタリー、そこの店でソーセージを買って帰ろう。ハーブ入りのものと、ピリ辛のもの。すごく美味しいんだよ。これに関しては自分で作るものより旨いから」
既に私の髪から手を離し、両手に服の入った紙袋を持つアンディが、笑顔で私を見ている。
「そうなの! それは楽しみだわ」
ブラウンは私の肩にのり、マシュマロは私達を先導するように歩き出した。
◇
街で買ったソーセージは本当に美味しかった。
ピリ辛のソーセージはシンプルに焼いたものだが、パリッとした弾けるような食感と、口の中で広がる熱々の肉汁がたまらない。ハーブ入りのソーセージはポトフにしたが、これまたたまらない。優しい味のスープと、ハーブ入りのソーセージの相性は抜群。スープと肉汁が口の中で混ざり合い、絶妙な味わいになる。
用意されたパンと一緒に食べても、とても合っていて。
この日は街に行ったものの、そこまで歩き回っていない。だから本当はこんなに食べ過ぎてはいけないのだけど……。ついつい食べ過ぎ、そして身も心も満たされて眠った。そして夢の中でも……。私は楽しく食事をしていたようだ。
「美味しい。幸せ……」
自分が寝言を口にする声で目が覚めた。
その時、私は横向きだったので。
開けた目に飛び込んできたのは、壁とすぐその横にある窓で、少しだけ明るく透けて見えるカーテンだった。
でも体の向きを変えた瞬間。
髪の色はアイスブルー、瞳はラピスラズリ。鼻梁が通り、薄紅色の綺麗な形の口。肌艶も良く、目覚めた瞬間に拝めるには最高の顔……つまりはアンディが輝くような笑顔で私を迎えた。
「ナタリー、おはよう!……夢の中で何を食べていたんだ? あんな可愛い寝言、初めて聞いた」
ね、寝言、聞かれていた……!
猛烈に恥ずかしくなり、掛け布の中に隠れると。
「ダメだよ、ナタリー。今日、早起きすると約束しただろう。トウモロコシを収穫するのだから。朝摘みのトウモロコシは美味しいんだから」
そうだった。
仕方ない。寝言を聞かれたのは恥ずかしいが、約束したのだから。
観念して顔を出すと。
「可愛い寝言なんだから、恥ずかしがらなくていいのに」
アンディは実に爽やかな笑顔で、私の髪をくしゃっと撫でる。
そんなことされると、もう普通にドキッとしてしまう。
ドキドキしている私にまったく気づいていない様子のアンディは、いつも通り、アーリー・モーニングティーを差し出した。
私はそれを受け取り、若干恨み節になる。
こんなに私をドキドキさせているのに、無自覚なイケメンへの恨み節だ。
「アンディ。もう間違いなく、第一印象は上書きされたわ。私が初めて見たアンディは清々しい笑顔でアーリー・モーニングティーを出してくれた優しい青年。これで確定したから……もう紅茶は」
アンディの顔が絶望的になっている。今にも……泣き出してしまいそうだ。
「もう紅茶はなくてもいいけれど、アンディの負担ではなければこれからもお願いします」
違う、そうじゃない!
これ以上寝顔も寝言も見られるのは恥ずかしいから。もう紅茶はいらないと言おうとしたのに~! アンディのこんな顔を見たら、そんなことが言えなくなってしまった!
「全然負担じゃないよ。むしろこのアーリー・モーニングティーを出すという役目のおかげで、寝坊もなくなったし、清々しく目覚めることができるようになった」
キラキラした瞳でそう言われるともう、「そうなのね。それはよかったわ」と白旗を振ることになる。
でもいつかは。
このアーリー・モーニングティーもなくなる。この家を出るまでの間なのだ。それに朝からこの顔を拝めるのは間違いない。眼福なのだから。自分の寝顔や寝言のことは忘れよう。
私はミルクティーを有難くいただくことにした。
























































