16:これはもう反則
「いらっしゃいませ。舞踏会のドレスをお探しですか?」
ブルネットの髪にそばかすが可愛らしい店員さんが、すぐに声をかけてくれた。肩にいるブラウンについて何か聞かれるかと思ったが、何も言われることはない。そしてすぐにいくつものドレスを持ってきて、いろいろ説明をしてくれる。
「今のドレスの色のトレンドは、ビーツのような鮮やかな赤みのある紫。そして大胆な肌見せが喜ばれるのです。例えばこちらのような、背中が大胆に開いたバックレスドレス。あとは大ぶりの飾りをドレスにあしらったものも人気です。このドレスは、ウエストを絞るように大きな薔薇の飾りがありますよね。後は季節が夏ですから。透け感のある生地が重ねられたこのようなドレスが喜ばれますよ」
そう言って店員さんが見せてくれるドレスはどれも素晴らしい。
「もしかしてお嬢様はどこか遠方からいらっしゃいましたか? お見かけしない顔ですし、とても品があるので。都会のエスプリを感じますわ。きっとこの北の地では、ちょっと前に流行したドレスしかない……なんて思ったかもしれませんが、そんなことはないのですよ。うちのお店では毎週王都に生地やドレスの買い付けにいっていますから、ちゃんと最先端のオシャレを楽しめるんですよ」
「……! そうなのですね。ノースコートと王都はそんなに往来が盛んなのですか?」
すると店員さんはこくりと頷く。
「少し前までは、王都へ向かう街道が狭い道でした。ただ、そこが整備されてからは、とても往来が盛んです。ノースコートから王都へ出向くのは勿論、王都からノースコートへ来てくださるお客様も多いのですよ」
そうだったのか。それは……知らなかった。
ここは乙女ゲーム『愛され姫は誰のもの?』の世界であり、平和な世界観だった。北方の地であるノースコートは隣国と国境を接するので、防衛上は重要な場所である。でもそんなの乙女ゲームとしてはあまり関係ない。だから王都とノースコートとの関係についてあまり気にしていなかった。だがかなり往来もあり、地図で見た距離とは関係なく、いろいろな意味で近いようだ。
このお店もノースコートだけではなく、王都にも姉妹店があり、毎週のように王都での買い付けも行っている。だからどのドレスもトレンドを押さえた一品とのこと。店員さんも自信があるようで、次々とドレスを持ってきてくれて、私とブラウンは悩みに悩み、でもこれぞという一着を選ぶことができた。
流行の色は、きっと選んでいる令嬢も多いだろう。だから色については……。当日、舞踏会にエスコートしてくれるアンディの瞳と同じ色を選んだ。つまりラピスラズリのような素敵な蒼いドレスだ。
光沢があり、夏にふさわしい通気性に優れたシャンブレー生地で出来たオーバースカートには、銀糸で美しい刺繍が施されている。さらにウエストには、大きめのリボンモチーフが飾られ、トレンドをきちんと押さえている。胸元も舞踏会にふさわしく開いているのだが、背中は深いV字になっているが、これまた今年の流行デザインとのこと。それに正直、自分では背中はあまり見えないので……。露出が多いようだが、まあ気にせずでいいかなと思う。
何よりも。
私の背中は一度、鞭打ちで見るも無残な状態になっていたはず。それがアンディのおかげで綺麗に生まれ変わった。せっかくなのだから、背中が見えるドレス、着てみようかしらと思えた。
そこで試着をし、姿見の前に向かった瞬間。
アンディが店の中に入ってきた。
すると、何人かの令嬢や女性がアンディを見た。
例え髪色と瞳の色を変えても。アンディが美貌のイケメンであることに変わりはない。かつここは女性向けドレスの専門店だから。そこにこんな青年が現れれば、当然だが注目の的になる。
一方のアンディは。
店内の女性が次々と熱い視線を送っているのに。まったくそれに気づかない様子で私のところへとやってくる。この様子に「ああ、無自覚イケメンだ……」と私は思う。ここで女性達の熱い視線に気が付くことができれば、アンディの自己評価は改善されるのに。
「ナタリー、そのドレス、とても素敵だな!」
無自覚イケメンは、熱い視線を送る令嬢をガッカリさせるような言葉を平気で発している。そんな私なんかを褒めている場合ではないのに。……あ、いや、いいのか。アンディは別にモテなくても、運命の女性がいるのだから。
「当然。これを見たてのは私なのよぉ」
ブラウンが嬉しそうにフサフサの尻尾を振った。
店員さんもニコニコ笑顔でアンディを見ている。
アンディはそのまますぐ私の近くまで来て、そして……。
「!!」
顔を……とても真っ赤にした。
え、なんで赤くなるのかしら!?
驚き、アンディをガン見すると、琥珀色の瞳を恥ずかしそうに伏せている。
「やだぁ~、アンディってば! ナタリーの背中見て、照れているのかしらぁ!?」
ブラウンの容赦ない指摘に、アンディは耳まで赤くなり「うるさいぞ、ブラウン!」と懸命に抗議する。その様子を見た店内の女性達は、ますますアンディに熱い視線を送っている。
そうする気持ちは……よく分かる。
だって。
この容姿なのだ。
さぞかし女性にモテるだろうと思ったはず。女性の背中など見慣れていると思ったことだろう。それなのに私如きの背中の露出で、こんなに赤くなるなんて……。なんて初々しい反応。これはもう反則。この場にいる女性全員が、ハートを持っていかれたと思う。
「それで、ナタリー、そのドレスで決定か?」
アンディはからかうブラウンを両手で掴み、ブラウンはアンディの手に噛みついている。
「そ、そのつもりだけど……。背中の」
「いいと思う。あの怪我が嘘みたいに綺麗だから」
そこでアンディはふうっと息を出し、「ナタリーはまだ若い。だからこれでいいと思う……」と、頬をいまだ赤らめたまま金貨を取り出した。
























































