12:どうして気になるかな、私。
一方の私は。満腹になり、いろいろ満たされ、既に眠くなっていた。
薪は割ってあるから、火を起こし、お風呂のお湯を沸かそう。
欠伸をしながらそう思っていると。
「ナタリー、今日はお風呂、いつでも入れるから」
「え、そうなの!?」
「だってそのドレスを脱いで、火の準備なんてしたら、夢から覚めるだろう。今日はもういいよ、お姫様気分を満喫して。お湯は魔法で沸かしてある。……明日からまた、薪割も森での食材調達もあるから」
この言葉に思わず万歳をしてしまう。
別に薪割も森での食材調達も嫌なわけではない。
ただ、なんというか。
そう。
お姫様気分。
素敵な相手と夢見るようにダンスをして、美味しい食事を楽しみ、その後、普段着に着替え、顔を煤まみれにしてお風呂のお湯を沸かす……ではそれまでが台無しになる。今晩ベッドに潜り込むまで。乙女ゲームの世界に転生したと実感できる時間を、ひと時でももてれば。満足だった。
回避行動と緊張感から解放され、初めてのお姫様気分を今日一時でも味わえれば、それでいい。
ということでここは最大限でアンディに甘えさせてもらい。
バスルームへと向かった。
「え、これは……!」
湯船に浮かぶ沢山の薔薇の花びら。
まさかの薔薇風呂!
これは……伯爵家で育ったけれど、やったことはない。
見た目の美しさもさることながら、香りが……!
薔薇の香りは……気持ちを優雅にさせてくれる。
こんな森の中のポツンと一軒家なのに。
気持ちは宮殿にいるみたい。
まさにお姫様気分で薔薇風呂を楽しんでいると。
あの断罪とその後の出来事がはるか昔のことに思える。
もしも。
河に流れる私をアンディが救ってくれなかったら……。
私はどうなっていたのかしら?
そう考えると本当に。
アンディには感謝しかない。
そして……。
ダンスを踊っている時のアンディを思い出してしまう。
なぜかイケメンなのに無自覚で。性格だって実はイケメンで。
アンディの運命の女性……。
どんな人なのだろう。
いつ出会ったのかな。
そしてどうしてその女性は……ここにいないのかしら?
いやどうして……アンディの運命の女性が気になるかな、私。
余計なことは考えず。
今の幸せに満足し、今日は寝よう。
薔薇の香りに包まれ、湯船から出た。
もうドレスを脱いで。
いつもの寝間着に着替えたら、それで魔法は解け、現実に戻る。
そう思っていた。
ところが。
バスルームにいつもの寝間着はなく、代わりに置かれていたのは、白いネグリジェ。胸元や袖や裾にフリルがたっぷりで。まさに乙女ゲームで見かけたもの。勿論、伯爵家にいた時には当たり前に着ていたけれど……。
久々に見ると、乙女心をくすぐるなぁと思う。
嬉しくなりながらネグリジェを着た。一緒に用意されていた薄手のローズ色のガウンを着て、バスルームを出ると、アンディはお茶の用意をしている。
「ナタリー、ナイトティーを用意したから、そのままベッドへ行っていいよ」
アンディの言葉に驚き、嬉しくなり、でも不安にもなっていた。
なんだか夢が一度に叶い過ぎると、この後何かあるのではと不吉な気持ちになるのは……自分が悪役令嬢として転生し、断罪を恐れ過ぎた後遺症なのかな。
厨房を見ると、アンディはモフモフの使い魔と何か話しながら、ご機嫌でナイトティーを用意してくれている。水をさすようなことはしたくない。ひとまずベッドへと向かった。
ベッドに腰かけていると、アンディがカップやティーポットをトレンチにのせ、部屋へと入ってきた。
「カモミールティーがいいって、マシュマロが言っていたから。一応、蜂蜜も持ってきた」
「ありがとう、アンディ」
入れたてのカモミールティーからは、さっぱりとした花の香りがしている。まずはストレートでいただき、蜂蜜を少し加える。この蜂蜜も勿論、畑のそばで飼っている蜜蜂たちからの恵みだ。
「ああ、美味しい……」
自然と口をついて出た言葉に、アンディが微笑んだ。
そのあまりにも綺麗な微笑みに、思わず尋ねてしまった。
「ねえ、アンディ。どうして急に……今日はこんなに……甘やかしてくれるの?」
「え、甘やかす!?」
「だって……。ディーンが来るまでは、お姫様とは真逆というか。自給自足の労働生活だったから。それが私、別に嫌だったわけではないのよ。やりがいも感じていたから。ただ、突然、こんな風にされると、不安になるの……」
するとアンディは照れたような顔で、自身のアイスブルーの髪をかきあげた。サラサラの、ホント美しい髪をしている。
「……俺、多分、いや、間違いなく、ナタリーにとっての第一印象、最悪だろう? そうだろうと今日気付いて……。なんというか、挽回したかった。それに今日のナタリーは……本当に綺麗だったし、あんな風にダンスしたり、用意された食事を微笑みながら口に運び、いい香りがするお風呂に入るのが似合うんだろうなって思えたから……。でもそれで不安になるなんて、驚いた。せっかくだから、心から楽しんでくれていいのに」
あ。ダメだ。泣きそう。
アンディの優しい気持ちを目の当たりにして、自然と涙が溢れてしまう。
「えええ、俺、なんか泣かせるようなこと言った!?」
動揺しながらもアンディは。
私が涙を見せると、いつものように、自身の胸を貸してくれる。
「ナタリー、ごめん。俺、何が間違っていた!?」
「……間違っていない。どこも。これも感動しただけ」
「そうなのか! ナタリーは……そうか。感動すると笑うのではなく、泣くタイプなんだよな。うん。そうか。感受性が豊かなんだよ」
アンディはもう完全に鬼畜ではなく。
本当に優しく背中を撫で、私が泣き止むのを待ってくれる。
しばらく経ち、私が落ち着くと。
遠慮がちにアンディが声をかけた。
「ナタリーはさ、令嬢の頃のような生活に戻りたい? 毎日のように薔薇の風呂に入りたいか? こんな森の中は……嫌だよな?」
やや唐突とも思える質問に、なぜそれを今聞くのだろうと思いつつ、問われたことについて考える。
令嬢の頃のような生活。
それは……確かに綺麗な物に囲まれ、美しい物を身に着け、華やかではあったけど……。どうしても戻りたいと思わないのは、元々が庶民だからなのか。後は適応能力が高いのかな。
「令嬢としての豪華な生活は……とても素敵だったと思うわ。恵まれていたと思う。でもどうしたってそこに戻りたいかというと……。ここでの生活はなんというのかしら。生きていると実感できて、嫌なんかではないわ。むしろ、私の性格とはあっているというか。……そのうちイノシシも捌けるようになるだろうし、魚はもうおろせるようになったし。適応能力が高いから、森での生活、問題ないわ」
よくよく考えると。この家を出て、本当に街で住み込みの仕事が見つかるかも分からない。本当に、アンディのテリトリーともいえるこの森に、小さな小屋を建ててもらい、そこで一生暮らす可能性もあるのだから……。今さら令嬢の頃のような生活うんぬんは言っていられない。
「そうか、それは……良かったよ。ナタリーなら、うん。きっとイノシシも捌けるようになる。でもまあ、無理してそこまでしなくてもいいと思うけど。でもたまにはいいよな。今日みたいに綺麗なナタリーを見ていると……俺もなんだか嬉しくなるから。ナタリーが森での生活は嫌ではないと思っていてくれて、安心したよ」
そう言うとアンディは、まだその胸の中にいた私のことをぎゅっと抱きしめた。
これにはもう、心臓が……。
でも、突然こんな風に抱きしめられても。
嫌ではない。
むしろ……嬉しく感じてしまう。
この胸は、私の居場所ではないと分かっているのに。
「秋になったら沢山の木の実やキノコ、トリュフも手に入る。冬は蓄えた食べ物とたまに街で食材を調達すれば問題ない。でもここは北方の地で冬は厳しいけれど、その期間は短いから。あっという間に春になる。春は花が綺麗に咲くし、動物も活発に動くから、狩りの収穫もバッチリだ。それにこの森の国境沿いの山のそばには、温かいお湯が沸く場所もあるから。案内するよ」
とても嬉しそうにアンディが説明してくれるので「そうなのね!」と私も笑顔で応じてしまう。その一方で、なぜこんな風に抱きしめられているの?という疑問。ざっと向こう一年のこの森の様子を教えてくれたけれど、そんなに長くこの家に滞在できるのかしら?――尋ねたいことが、頭の中をぐるぐる回る。
だが。
「とにかく良かったよ、ナタリー。今日は、ゆっくり休んで。じゃあ、おやすみ!」
アンディはそれだけ言うと、ご機嫌で空になったカップをトレンチに戻し、そのまま部屋を出て行ってしまった。
すっかり置いてきぼりの私だったけれど。
心から楽しんでいいと、アンディは言ってくれた。
ならば。
不安になる必要はないだろう。
ベッドに潜り込むと。
カモミールティーとアンディの言葉のおかげか。
すぐに眠りが訪れ、深い眠りに落ちていった。
「10:こんな世界をずっと夢見ていた」
「11:まだ夢を見ていて」この2話のダンスシーン。
「Beauty and Beast(美女と野獣)」の曲をイメージしています。
この曲を聴きながら、もう一度読みかえてしてみるのはいかがでしょうか~
























































