63:モノローグ
『リリィ様のことを必ず助け出して見せます! どうか僕を信じてください』
そう手紙を寄越し、私のところへ通い詰めるのはリック・ミラー。
私を破滅に追いやったミラー伯爵令嬢……ナタリーの弟だ。
姉よりも私を選び、愛されることを請うなんて。
ナタリーは、どう思っているのかしら?
リックに対する愛情なんてない。
まずナタリーの弟なのだ。
嫌悪感しかない。
それに。
伯爵家の次男。長男ならまだしも、跡継ぎでもない次男に興味なんてない。
その容姿だって修道院に面会に来るようになってしばらくすると、みすぼらしくなってきた。
きっと両親の反対を押し切り、私へ会いに来ているのだろう。
多分、その辺の安宿にでも泊まって。
だから身なりもどんどん劣化しているのだ。
そんな転落の最中のリックを好きになる余地なんてないのだけど、利用価値はある。
だって私はナタリーの情報を彼に集めさせ、何か意地悪でもしてやろうと思っているのだから。
そのために。
面会にリックが来る度に。
心にもない言葉を沢山口にすることになった。
その度にリックは喜び、私の役に立とうと頑張ってくれる。
修道院なんて塀のない監獄と変わらない。
俗世と切り離され、清貧であることを求められる。
毎日のように主への祈りを強制され、改心を求められるのだ。
もう、ウンザリしてしまう。
そんな日々鬱屈とする中、考えるのはリックから聞いた情報で、どうナタリーを貶めるかだ。
害するとか大怪我をさせると、もしもバレた時にいよいよ捕らえられ、牢獄にいられてしまう。死刑にでもなったら大変。
よって本当に。
悪戯程度の嫌がらせぐらいしかできないと思う。
それでも何もしないよりマシだ。
ナタリーが不快な思いをするなら、私の溜飲も下がるというもの。
やはり下剤でも飲ませるのがいいかしら?
そんなことを考えていた時、一通の手紙が届く。
それは……暗号文なのだと思う。
だって書いてある内容は、一見すると季節の挨拶と私を気遣うようなものだけど。
送り主に心当たりがない。
だが内容は無害なので、私のところへ届けられた。
修道院なんて牧歌的だから。
基本的に人の善性を信じる。
これが暗号文と疑うことなく、私に渡されたわけだ。
じっと眺めた私は気づく。
いわゆるアナグラムだと。
ところが!
私は……そういうものの解読は、苦手だった。
そこで面会に来たリックに手紙を見せた。
既に修道院での検閲も済んでいる手紙だから、リックに見せたところでお咎めはない。
さらにどうせ解読できないだろうと思って見せたのに。
リックはその内容を頭に叩き込んで宿へ戻ると、次の面会の時には解読した内容を伝えてくれたのだ。
でもそれも全文ではない。
数度の面会で少しずつ知らされた。
そうしないと面会の会話は聞かれているし、何か大いなる秘密がバレるかもしれないからだ。
そうやって暗号文が解読された結果。
『修道女が手作りするレース。そのレースに使われる糸が、今月中旬に修道院に届きます。極細の糸は、金色の紙で留められている。これを一番レース編みが上手な修道女が使うよう、仕向けてください。そうすればこの修道院から出してあげます』
差出人はストリアという名の魔術師だ。
そんな魔術師が実在するのか。
リックは既に調査していた。
ストリアはブルームーン帝国の、帝国魔術師だという。
ブルームーン帝国?
なぜ?
なぜ突然、そんな遠方の帝国魔術師が、私にこんな手紙を寄越すの?
疑問は尽きない。
ただ、私は修道院暮らしで退屈もしていた。
それに本当に帝国魔術師が私をここから出してくれるのか。
信頼していいのかと思うものの。
例え修道院から出られないとしても。
少しの暇つぶしになるかもしれない。
そこで書かれていた通りのことを行った。
すると……。
その指定された糸で作られたレースは、有名なウェディングドレスのデザイナーの元に贈られた。しかも「ぜひ王宮付き魔術師の婚約者の方に使っていただきたい」という修道院長の推薦の言葉と共に。
王宮付き魔術師の婚約者……つまりはナタリーだ!
ナタリーに届けられたと思うと、頭に来るが、でも私の関係する人物の元に届いたのだ。これはきっと修道院から私が出るための、布石になるに違いない――そう思っていたが……。
その後、ストリアから連絡もなく、それどころか突然、リックも面会に来なくなった。しかも修道院の警備体制が厳しくなったように思える。
愛情などないリックだったが、少しは使える駒だったのに!
ストリアという帝国魔術師を信じたけど、裏切られたのだと思った。
リックが姿を見せないのも、警備体制が厳しくなったのも。
きっとこの帝国魔術師のせいだ。
そこでストリアのことを修道院長に暴露しようと思いつく。
折しも例のレースの件で、いろいろ調査が入ったという。
なぜ調査が入ったのか、その理由は分からないが、きっとあの糸に何かがあったに違いない。
人のことを利用して、対価もないなんて。
しかもこの私に対して!
修道院長に直談判しようしたのだけど……。
ストリアの企みの件を口にしようとした瞬間。
心臓に針が刺さったかのような激痛が走った。
顔が青ざめ、座り込むほどの痛みだった。
修道院長が心配そうに私に駆け寄るぐらいだ。
な、何が起きたの……!?
修道院長が座る執務机のそばに、私は立っていた。ところが突然、具合いが悪くなったのだ。驚いた修道院長により、椅子に座らせてもらうことができた。お水も渡され、それを飲むと……。少し気持ちも落ち着いた。そこで再度ストリアのことを話そうとすると――。
先程と同じ。
激痛に椅子から転がり落ちてしまう。
そこで悟る。
あの手紙には魔法が込められていたのだと。
私はストリアの企みを話すことができないんだわ……!
でもリックは私にあの手紙の内容を話しても、苦しんでいる様子はなかった。
細切れに伝えたから……?
違う。
私があの手紙の内容を誰かに話そうとしたら、きっと殺されるんだわ……!
私だけに向けてかけられた魔法なのよ!
結局、自分が何をしたのか。
ストリアという帝国魔術師の本当の企みが何であったのか。
私が知ることはない。
ただ、建国祭の三日間。
王都では騒動があったようだ。
でも私は建国祭の最中も祈りを続け、俗世と切り離されていた。
新聞さえ、読むことを制限されているのだから……。
「建国祭の最中、王都では大きな事件が起き、死傷者が出ました。彼らのために祈りましょう」
修道院長に言われ、私は祈るしかない。
そしてリックが会いに来ることもなくなり、私は――ただただ退屈な毎日を過ごすことになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
なんだか何かしそうな予感をはらみつつ
明日からはナタリーとアンディ、そしてもふもふ達の
森の家での休暇の時間をSSでお届けます~☆彡
























































