60:謎の人物
建国祭の最終日は、波乱万丈で終わった。
ガーデンパーティーは、火事により中断。
爆破された建物は、ルマンが戻してくれた。
聖女ルビーも頑張った。
それでも死傷者は出てしまっている。
失われた命を取り戻すことは、聖女でも魔術師でも無理なことだった。
亡くなった方々の慰霊碑が、時計塔前の広場に設置され、鎮魂の儀も執り行われた。
伝統ある建国祭で、ブルームーン帝国の魔術師が爆破事件を起こし、モルデル島に収監されていた元王宮付き魔術師と元神官長を脱獄させようとした。さらに皇太子をマルセル国が謀殺したと、嘘の報告を皇帝に対して行い、帝国軍が国境まで押し寄せる事態になった。
こんな出来事が起き、各国はどんな反応を示したか。
「警備体制の不備だ!」
「危険な目に遭いそうだった。どうしてくれる!」
「二度とマルセル国の建国祭に参加しない!」
そんな声が上がる懸念もあったが、そんなことはなかった。
なぜなら来賓に、死傷者は出ていない。
避難の時に転倒した者もいたが、それは聖女ルビーにより癒されている。
それよりも突然起きた三つの危機を、見事乗り越えたのだ。
帝国軍とも無血で和解できている。
しかも爆破された建物も元通り。
「マルセル国の底力を見た」
「これだけの危機によく立ち向かった」
「国民に犠牲が出たことは悲しいこと。それでも最小限で済んだのだ。立派だと思う」
こんな好意的な反応が、ほとんどだった。
これには国王陛下も宰相マクラーレンも、大安堵だったと思う。
その一方で、私が再三尋ねられることになったのは……ルマンのことだ。
アンディに匹敵する魔力の持ち主で、建物を復元するなんて魔法まで、行使している。
それなのに国王陛下をはじめ、誰一人として彼を知らない。
何者なのか――と。
だがルマンについて私は「突然現れたので、何者なのか分かりません。ルマンという名前しか分からないのです」と答えるに留めた。ルマンの姿を見たのは私しかいない。護衛の騎士達は、名前に聞き覚えはあるだろう。だがまさかアンティーク店の店主のルマンと、イコールとは思わなかった。あまりにも場違いだから。ゆえに謎の人物として、ルマンは処理された。
「ナタリーのその判断で正解だと思う。俺も何度もルマンを知らないかと聞かれたけど『知らない』で押し通した。だって彼は去り際に『ただの通りすがりだから』なんて言ったのだろう。そして妹に店を任せ、王都から出て行ってしまった。多分、彼は強い魔力を持つ魔術師だけど、表舞台に出たくないのだと思う。探したら……探してもきっと見つけられない。それだけの魔術師なら、いくらでも隠れることができてしまう。俺が本気で探しても……見つけられないと思う」
アンディはそんな風に言うと、こう付け加えた。
「ルマンはきっと、追えば逃げる。でも今回みたいな危機があったら、間違いなく駆けつけてくれる気がした。最初は俺も……見つけ出したい気持ちになったけど、それはしない方がいいと気付けたんだ」
そう話すアンディに、私も同意だった。
ルマンの働きは、勲章や褒賞や爵位を与えられるレベルのことだったと思う。
でもそれらに見向きもせず、恩着せがましくすることもなく、去ったのだ。
ならばそっとしておくのが、正解だと思えた。
ルマンは王都の守り神。
神の正体を暴くのはタブーだと思うから、これで良かったと思う。
勲章と言えばアンディ、聖女ルビー、オルドリッチ辺境伯とディーン、騎士団長、各国の魔術師達、そして私。今回の一連の騒動での活躍が認められ、来月、勲章と褒賞を与えられることになっている。
でも冷静に考えると、私、勲章や褒賞に値するのかしら?と不安になる。
だって。
ファーガソンと魔術師達を倒したアンディ。
多くの人命救助に尽力した聖女ルビー。
帝国軍と和解したオルドリッチ辺境伯とディーン。
王都民の避難と救助、ストリア逮捕に貢献した騎士団を代表し、騎士団長。
庭園の火災の鎮火に手を貸し、自身の主の護衛のみならず、宮殿へ避難してきた王都民にも手を貸した各国の魔術師達……つまりブリュレ達だ。
これらの功績に対し、私は……。
「ナタリーがいたから、俺はファーガソンと魔術師達を倒せた。それに魔力切れになった俺をナタリーが王宮まで連れ帰ってくれたじゃないか。それに聖女ルビーが奇跡の鍵はナタリーだと、以前から明言している。それは陛下も宰相も知っているんだ。実際、ナタリーの前に謎の魔術師ルマンが現れ、街の復興に一役買っている。それにナタリーをモルデル島へ導いてくれた。ルマンが動いたのは、ナタリーのおかげだと思う。よってナタリーは勲章と褒賞に値する。自信を持って」
そうアンディは言ってくれたのだ。
これは……素直に嬉しい。それに自分が勲章と褒賞に値すると分かり、なんだかくすぐったかった。
大変な思いをしたが、嬉しいことも待っている。
あの時、勇気を出して動けてよかった……そうしみじみ思ってしまう。
アンディや私達がスポットライトを浴びる中、暗い影の中に佇む者もいる。
そう、ストリア・ティロールだ。
























































