58:誰……?
「……誰だよ、ルマンって……?」
アンディがキョトンとするのも当然だ。
もし天球儀の話をしていたら。
森の家でのんびり珈琲でも飲んでいる時なら。
牧歌的な会話の中で「ルマンさんが……」と言えば、アンディも「ああ、あのアンティークの店の」となっただろう。
でも今、私がアンディに話しているのは、絶望と死に直面した時の話だ。
そこにアンティーク店の店主が登場するとは……さすがに想像できない。
というわけでルマンが誰であるかアンディに思い出させると……。
「! あのハンサムな店主か!? でもなんで突然、ルマンが!?」
そこでいきなり現れたルマンのその後の活躍を話すと、アンディの顔は真剣そのものに変わる。
「待って、ナタリー」
そう言ったアンディは宙に手を伸ばすと、いくつもの巻物をどんどん魔法で出現させる。
私はアンディのベッドの周りの巻物が落ちないよう、手で押さえた。パールやブラウンも手伝ってくれる。
さらにアンディが食べ終えた昼食の食器が載ったトレイを、メイドを呼び、下げてもらう。
「マーランの肖像と言えば、こればっかりだ」
白髪に、長い白い髭の好々爺姿のマーランの肖像画。
私があのアンティークのお店で見た、幻の店主、その人だ。
「こんなにおじいさんの姿ではなくて、若い頃のマーランの姿絵、肖像画……ないんだよな」
アンディが魔法で次から次へと巻物を広げていくが、確かに好々爺の姿しかない。
「確信はもてない。でもあのアンティーク店の店主は……マーランの孫? いや、違うな。マーランは独身だったはず。まさかの隠し子? それとも傍系か?」
だがそこで腕組みをして「うーん」と考え込みながら、でも呪文を詠唱することで、巻物くるくると勝手に巻かれ、あっという間に消えてしまう。
「いや、でも……崩れた建物を元に戻すなんて、並みの魔術師ができることではない。ルマンが只者ではないことは確かだ。それにそんな魔力持ちがいたら、王宮付き魔術師になっているはず。それがアンティーク店の店主をやっているなんて……。なぜこれまでその存在が見つからずに済んだんだ……?」
そう言われると確かにそうだ。そこで思いついたことをアンディに聞かせる。
「もしかしてずっと隠れて生きていたのかしら? もしくはあのお店、マーランの魔術工房だったわけでしょう、元は。特殊な魔法がかかっていて、魔術師がそこにいると分からないようになっているとか」
「なるほど……その可能性はあるな。アンティーク店なんて、魔法アイテムも置いてあるから、魔力を感知しやすい。店内に入った時はそういったものの魔力を感じたけど、店の外では一切関知できなかった。ナタリー、その可能性はあると思う! ……うん? でも店内に入った時、ルマンの魔力を感じなかった……」
再び唸りだしたアンディの手にそっと触れた。
ハッとしたアンディが私を見る。
「アンディが元気なら、会いに行ってみる? ルマンさんに」
「! そうだな。彼は王都にいるんだ。いつでも会いに行けるか」
「あ、でも……モルデル島で何があったのか、皆、聞きたいのでは?」
するとアンディはまたも宙から巻物を取り出し、広げて見せた。
そこには文字がびしっりと書き込まれている。
「アンディ、これは……」
「何度も報告をするのが面倒だから、魔法でペンを動かし記録を取るようにした。これを提出すれば問題ないはずだ」
その後のアンディはあっという間に着替えをして、報告書を提出し、外出の許可をとってしまった。私はブラウンにより着ていた淡いピンクのワンピースを、外出用の素敵なドレスに変えてもらう。
本当は陛下も宰相他様々な人達がアンディに会いたがっていた。でもアンディは……。
「夕食を一緒に摂りましょう。報告は全てこの書類を見れば分かるはずですから。報告書以外で気になることがあれば、そこで質問をしてください――と陛下と宰相に伝えていただけませんか」
そう侍従長に言うと「ナタリー、行こう!」と手を差し出す。
私がその手を取ると、パール、ブラウン、マシュマロが集合した。
次の瞬間にはもう、あのアンティーク店の前に到着している。
扉を勢いよく開けると、そこには……。
プラチナブロンドに、澄んだ泉のような碧い瞳。
ブルーグレーのドレスを着た美女がいる。
でもルマンの姿はない。
「あの、ルマンさんは!?」
「いらっしゃいませ。兄ですか? 兄は旅に出ましたよ。王都は物騒だからと言って」
これにはアンディはがっくりと肩を落とし、ルマンの妹だというルーシーにいつ戻る予定かと尋ねる。
「そうですねぇ。兄は気ままな人間なので……。いつ戻るでしょう。早くて一か月、のんびりしていると一年は帰ってきません」
「!? このお店は? この店の店主なんですよよね!? 仕入れとか、いいんですか!?」
珍しくアンディが慌てた様子で尋ねる。
「買い付けもしながら旅をしてくれるので、仕入れはバッチリですよ。定期的に商品が届くので。それにこの通り。お客さんがわんさかにぎわうようなお店ではないですからね。そして私もいますから、問題ないです」
アンディがもし王宮付き魔術師ではなかったのなら。きっとルマンを探して旅に出たことだろう。でもそういうわけにはいかず……。
「仕方ない。今回は諦めよう」
こうして王宮へ戻ることになった。
























































