55:その姿は忽然と
「随分とお転婆さんですね」
落下する私の体をふわりと抱き抱えた人物がいる。
そこでハッと気づく。
メビウス・リングの魔法が発動したのかと。
使い魔を使役できると言っていたが、まさか人間もできるの!?
「分解魔法 解体 <分断消滅>」
呪文を唱える声に聞き覚えがある。
「!」
私が抱えるようにしていた爆弾は、まるで粒子のように細かくなり、風の中へと消えていく。
「まったく。最近の魔術師はこんなものを使うとは」
声の主をまじまじと見てしまう。
プラチナブロンドの長髪を後ろで一本に結わき、澄んだ泉のような碧い瞳をしていた。長身で鼻も高く、着ているブルーグレーのセットアップも実に似合っている。
「あ、あなたはアンティーク店の店主ルマンさん……!」
マーランの元魔術工房で、アンティーク店を営む店主、ルマンが私を抱きかかえていた。
「まあ、そういうことにしておきましょうか。さて破天荒な魔術師のお嬢さんのところへ行きましょう」
そう言った次の瞬間には、どこかの建物の屋上にいる。
これは……王立学園だ。
「お嬢さん、火遊びは禁止ですよ」
私を抱きかかえたまま、ルマンがストリアに声を掛けた。
ストリアがハッとした表情で振り返った時、彼女が手に持っていたであろう爆弾は、真っ白な薔薇の花に変わっている。
驚愕したストリアが口を開けようとした瞬間。
「封印魔法 封口 <禁口強制>」
さらにもう一つ素早く唱えられた呪文により、ストリアのローブがはためき、そこから白い鳩が一斉に飛び立っていく。多分、あれは爆弾だ。
まるでマジシャンのように、爆弾を鳩に変えたり、薔薇に変えるなんて……!
ルマンは何者なの!?
「拘束魔法 捕縛 <拘捕拘禁>」
ストリアは見えないロープで胴体を結わかれたのか、腕を背に回し、座り込んだ。さらにルマンが口笛を吹くと、伝書鳩が現れ、そのまま宮殿目指して飛んで行く。
「しばらくしたらお迎えが来るから、お嬢さんはここで待機」
ルマンにそう告げられたストリアは碧い目を閉じ、ゆっくりと横たわった。
「あ、あのルマンさん、あなたは……魔術師、なんですか!?」
「そうみたいですね」
そう言うと屋上から眼下を見渡し、ため息をつく。
「随分と派手に暴れたものです。戦乱の時代でもないのに。こんな王都を見ることになるとは思いませんでした」
そこでため息をついたルマンは、こんなことを言う。
「傷ついた人を癒すことができるのは聖女の役目。だが壊れた建物ぐらいは……」
そこでルマンが呪文を唱えると、ストリアが爆破した建物が、まるで映像を巻き戻しするように元の姿へと戻って行く。
時計塔、噴水広場、アカデミー、王立公園、市庁舎……次々と建物が元の姿を取り戻す様子に、涙が出そうになる。
「あー、疲れた、疲れた。こんなに骨が折れたのは久々です。老体に鞭打つとはこのことですね」
老体って……。
どう見ても若々しくハンサムな青年にしか見えない。
「最後の大仕事です。君をモルデル島へ送り届けましょう」
「!」
次の瞬間。
潮の香りを感じ、海風に髪がなびくのを感じた。
モルデル島。
初めて見た。初めてこの場所に来た。
だがそこは廃墟が広がるばかり。
「あ」
その廃墟の前でうつ伏せに倒れている人がいた。
ボロボロのパールシルバーのローブ、それが誰のものか分かり、私は泣きそうになっている。
「おっと」「ごめんなさい! ルマンさん!」
ルマンの腕の中から飛び降りた私は、転びそうになりながらアンディのところへ駆け寄る。
心臓が爆発しそうだった。
「アンディ!」
うつ伏せの体を仰向けにしようとするが、その体が重くてうまく動かせない。
そう思ったら……。
ふわりと優しい風を感じる。
アンディの体が仰向けになった。
メビウス・リングの魔法だ!
埃や土、自身の血で汚れた顔、服を清めるよう願うと、その通りになっていく。
その間に心臓に耳を当て、アンディがちゃんと生きていることを確認し、「ああ、よかった!」とその体を抱きしめることになる。
「アンディ、しっかりして、大丈夫!?」
外見的にはすっかりいつものアンディに戻っている。
でもどこか怪我をしていないかと心配だった。
「大丈夫ですよ。魔力切れで気絶しているだけでしょう。後は……肋骨。でもこれは聖女に回復してもらうといいでしょう。瓦礫の下に五人の魔術師……うん。ちゃんと拘束され、生きていますね。逃亡はできない。そして……島の西側に他の者達は避難したようですね。そこからの逃亡はできません。断崖絶壁だから。新米魔術師のくせに、がんばったじゃないですか」
そう言った後、ルマンは「初回限定の特大サービスですよ」と言い、崩壊していた幽閉施設を元通りにしてくれた。だがその直後。
「これが限界。すまないが先に帰らせてもらいます。その指輪があれば、二人とも帰還できるでしょう。あ、あと、僕はただの通りすがりですから……」
ルマンの足元が陽炎のように揺れたと思ったら……。
その姿は忽然と消えていた。
























































