54:考える余地はない
「そろそろ師匠の救出は済んだ頃でしょうか。帝国魔術師である私には、部下の魔術師が数名いるんですよ。彼らをモルデル島へ向かわせました。師匠と魔術師数名。アンディ様がお一人で相手にするには……荷が重いでしょうね」
ファーガソンだけでも手こずるかもしれないと思ったのに!
まさか他にも魔術師が!?
アンディ、勝てる……?
「それに北の辺境伯はどうかしら? 帝国には訃報を届けているんですよ。皇太子がマルセル国の諜報員により害されたと。皇帝はそれを信じ、大軍を送り込んだ。分かりますか? 皇太子を殺された。弔い合戦です。帝国軍の士気がどれだけ高まっているか、想像できるかしら? それに王都がこんな状態で、辺境伯は勝てるかしらね?」
オルドリッチ辺境伯とディーンは強いと思う。だが皇太子の死を信じ、憤怒と化した帝国軍の大軍に……分からない。勝てるのかどうか。
ただ、ハッキリしていることがある。
それは怒りに燃える帝国軍が大挙して押し寄せていること。アンディは仇敵と数名の魔術師の相手を一人でしていること。そして王都はあちこちで爆発が起き、壊滅的な状況であること。
これら全てはストリアが仕組んだ。
復讐したい相手は限られていたのに。晩餐会での毒殺を阻止したから、王都民まで巻き込むことになった。しかも帝国軍は、皇太子をマルセル国により害されたと思っている。
このままオルドリッチ辺境伯とディーンが帝国軍を止めることができなければ、帝国との大規模な戦になる。そうなれば、マルセル国の至るところが焼け野原になるだろう。既に王都がこの状態では、勝利も見込めない……。
もはやストリアは、マルセル国そのものを滅ぼす気持ちなのかもしれない。
そう理解すると……。
心が折れそうになった。
だが。
胸の辺りが温かい。
ハッとして見ると、聖女ルビーがくれたロザリオが目に入った。
首から下げていたロザリオをぎゅっと握りしめる。
「ナタリー様。どうやらようやく自分が置かれているのが、非常に危機的な状況だと分かったようですね。今さら主に願っても、どうにもなりませんよ。私も師匠が収監されたと知った時、毎晩、主に祈りました。でも何も起きませんでした」
ストリアの言葉に、再び気持ちが萎えそうになるが、そこは歯を食いしばる。
――「奇跡を起こせるのはナタリー様だけ。必要なのは勇気です。どうかこの未曾有の危機から皆を救ってください」
聖女ルビーの言葉を思い出し、ストリアを見る。
「この後、王立学園、王都国立病院、ナタリー様の屋敷や宰相の屋敷も爆破します。師匠を貶めた罰ですから、仕方ないですよね」
……!
なぜ病院や学校を!?
この国の未来、弱き者まで犠牲にするつもり!?
それに屋敷に私がいるわけではないのに!
ソーニャたち使用人まで皆殺しにしないと気が済まないの!?
師匠を貶めた……違う。そうではない。
ファーガソンは罪を犯した。
だから収監されたのだ。
どうしてその事実からストリアは目を背けるの……!?
「ストリア様、あなたの師匠がモルデル島に収監されたのには理由があ」
「理由なんて関係ないです! 私からしたら、師匠はひどい目にあわされた。ただ、それだけです」
叫ぶようにそう言うと、ストリアが微笑み、その手には羽根のようにふわりと炎が灯る。
数日前の優しいストリアはもうここにはいない。
その笑みには狂気しか感じられなかった。
「いい頃合いになりました。間もなくしつこく私を追う騎士団の皆さんがここに到着します。このままここで絶望を抱いて皆と共に死を迎えるか。絶望と共にここから飛び降りるか。その選択はナタリー様にお任せします」
爆弾の導火線に火をつけると、微笑んだストリアが私に爆弾を渡した。
それはまるで「贈り物です」という気軽さで。
私は当たり前のように爆弾を受け取ってしまった。
「ではさようならナタリー様。私、ナタリー様もアンディ様も復讐相手でしたが、嫌いではありませんでした。むしろ好ましく感じていたのですよ」
それだけ言うと、ストリアは呪文と共に姿を消す。
そこで私は我に返る。
爆弾がここで爆発したら、騎士団のみんなを巻き込む。
考える余地はない。
爆弾という絶望を抱いたまま、私は鐘楼のある塔から飛び降りていた。
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