51:もしも……
「入れ」
そう言われ、客間に入ると……。
皇太子は……いる!
ブルームーン帝国の皇太子は、月光のような髪に銀色の瞳と女性のように美しい。そしてその姿は確かにその皇太子のものだ。さらに目を走らせるが、室内にストリアはいない。
こんな有事なのだ。本来なら帝国魔術師であるストリアをそばに置き、身の安全を図るはず。それなのにここにいないということは……。
「君」
皇太子の声は凛としており、とても美しい。
ではなくて!
私に呼び掛けたと分かり、ドキリとしてしまう。
「外の……街の様子はどうだろうか?」
「!? と、申しますと……」
「先程から連続して爆音が聞こえている。……王都民の避難は進んでいるのだろうか?」
一瞬、何を問われたのかと思ってしまう。
自分達で仕掛けておいて、避難を気にする……?
演技、なのだろうか。メイドであれ、マルセル国の人間に、帝国はこの事態を気にかけている。王都民の安全を気にしていると、アピールしている……?
それが正解なら、皇太子はとんでもない偽善者なのではないか。
そう思ったが、まずは様子を見ることにした。
「王都民の安全を帝国の皇太子に心配いただけるなんて……大変光栄です。ですが爆破には凄腕の魔術師が関わっているようで……苦戦しています。王都は壊滅的で、多くの王都民の命が危険に晒されているのです。聖女様も騎士団長も奮闘していますが、どうなることか……」
これを聞いた皇太子は……苦悶の表情を浮かべている。
それは演技とは思えない。
「凄腕の魔術師……そうですね。それは……きっと、マルセル国の王宮付き魔術師でないと対処できないでしょうね」
「凄腕の魔術師のことを、何かご存知なのですか……?」
それはつい、話の流れで聞いてしまったが。
うっかり聞いていいことではない。
知っている=犯人を知っているのですか、もしや共犯ですか……そう問うていると指摘されても仕方ないことだからだ。
侮辱された。
皇太子がそう訴えれば、メイド姿の私はその場で命を落とすことになっても……。
まさに血の気が引いた状態だったが、皇太子は意外なことを口にする。
「知っていますよ……。とても。彼女は……」
彼女……?
凄腕魔術師を知っている。しかも“彼女”と言った。
つまり王都で今、騎士団長相手に爆破騒動を起こしている魔術師は女性……!
しかも皇太子が知っている魔術師……?
そこでドキンと心臓が大きく高鳴る。
待って。落ち着いて。
早急に判断するのはダメ。
ブルームーン帝国の皇太子なのだ。
魔術師に関する情報はいろいろ持っているはず。
その中の一人、女性の魔術師が騒動を起こしていると気付いた……。
……それは、ない。
爆破事件を起こしている犯人を、皇太子がその目で見たなら、断言できる。
だが彼はガーデンパーティーに出席していて、爆破事件の現場には行っていない。
それなのになぜ凄腕魔術師が女性と分かったの?
そもそも論として、知り合いの女性の凄腕魔術師が爆破事件を起こしていると、なぜ分かる……?
それは……知っているからだ。
現場を見て、知っている魔術師だった……ではない。
女性の凄腕魔術師が、爆破事件を起こすと知っていたんだ……!
そうなるとそれは……。
「君、どこかで見たことがあるような……」
皇太子がソファから立ち上がり、こちらへ来ようとしている。
「ぶ、不躾な質問をしてしまい、申し訳ありませんでした。他のお部屋でも呼ばれているので、これで失礼します!」
「あ、君……」
何か言いたげな皇太子に背を向け、少し小走りで部屋を出た。
心臓がドキドキしている。
廊下をしばらく進むと、パールが合流した。
「ナタリー、聞いていたよ。今、王都で爆破事件を起こしているのは……」
パールがぴょん、ぴょんと跳びながら私を見た。
つぶらなパールの瞳と目が合い、お互いに想像する人物が一緒であることを確信する。
でも分からない。
皇太子は自ら彼女に動くことを命じたのではないの?
ところが今の話しぶりだと、王都民のことを心配している。心を痛めている表情だった。
そこで大広間に到着したので、一旦考えは中断だ。
部屋に入った瞬間、ブラウンに衣装を元のドレスに戻してもらう。
そして何食わぬ顔で護衛の騎士の所へ戻る。
護衛の騎士が私に何か問うことはないので、ブラウンが上手くやってくれたようだ。
ソファに座り、パールとブラウンを膝に乗せ、改めて考える。
皇太子が演技をしている可能性も捨てきれない。
何より一介のメイドにあんな意味深な言葉を聞かせるのは……。
やはり疑われることがあった時、王都民を心配していたと、メイドに証言させるつもりだった……。
そうに違いないと思ったその時。
ひときわ大きな地響きがして、広間にいる貴族達から悲鳴が起きる。
だが。
もしも。
もしも本当に彼女が爆破事件を起こしているなら……。
止めることはできないのだろうか?
本心で動いているわけではないはず。
























































