46:夜明け
あれだけ臨戦態勢で舞踏会に参加したのに!
何も起きることはなかった。
だがしかし。
起きなくて正解だったのだ。
だって何か起きたら、本当に大変なことになっていたから。
よってこの結果に喜ぶべきなのに。
取り越し苦労になったことに、疲れてしまっている。
というか。
あれだけ舞踏会で何か起きます!とアンディと二人で大騒ぎしたのに。
結局何も起きないなんて。
これではまるでオオカミ少年と思われても仕方ない気がする。
そんなもやもやした気持ちで屋敷へ戻り、両親や兄とは少しだけ例の気絶事件について話し、そのまま休むことにした。
パールもブラウンも、舞踏会の最中、真剣に警戒してくれていたのだ。馬車の中ではまだアドレナリンが出ていたせいか、興奮気味にいろいろおしゃべりしていたが。屋敷に着くと、もうおネム。「スー」「ピー」と私の枕元で熟睡中。
そんな二人を見ていたら、当然、私も眠くなる。
ナイトティーを飲みながら寝落ちしそうになり、急いでベッドに入った後は……。
もう、爆睡だ!
そしてそれはデジャヴを覚える感覚。
瞼を閉じているが、カーテンから明るさを感じ、夜明けを実感する。
ゆっくり目を開けると――。
ほのかな明かりの下、浮かび上がるアイスブルーの髪。ラピスラズリのように煌めく瞳。鼻梁が通り、薄紅色の綺麗な形の口。陶器のような透明感のある肌をしたこの顔は……!
「アンディ!」
「おはよう、ナタリー!」
もう嬉しくていきなりぎゅっと抱きしめ合ってしまう。
「ごめん。今朝も我慢できなくて、ナタリーに会いに来てしまった。昨晩、舞踏会の後、見送りもできなかったから……」
「忙しくしていたのだから、見送りのことなんて気にしないで、アンディ」
そこで体を離したアンディに、ベッドに横になるよう伝えた。
アンディは笑顔になり、私を抱き寄せ、腕枕をしてくれる。
「昨晩の舞踏会、何もなかったわね」
「そうだね。些末なことはいろいろあったけれど、大きな事件は起きずに済んだ。ホッとしているよ」
「何か起きると大騒ぎしたのに何も起こらなかった。そのことは問題にならなかった?」
するとアンディは私の頭を愛おしそうに撫でながら、こんなことを教えてくれる。
「本当は舞踏会を開催すること。陛下も宰相も心配で堪らなかったと打ち明けてくれた。それでも国の威信をかけ、やるしかない。つまり警備を任されている騎士団や俺がうまくやってくれることに賭けていたと言うのだから……」
「でもそれって……それだけアンディと騎士団を信頼したということよね? 彼らなら必ずやり遂げてくれるって。きっと晩餐会での毒物混入の件。鐘の件。その両方を解決したアンディなら、舞踏会も問題なく済むよう、奮闘してくれると期待した……ということよね?」
「そう言われるとそうだな。でも危険な賭けだったと思う。最終的に何事もなく、舞踏会が終わったわけだけど。ただ……宰相のマクラーレン公爵はこうなることを予想していたと思う」
これには「えっ!?」と驚いてしまう。
だがアンディ自身も「何も起きないかもしれない」と思っていたと言うのだ。
「もしブルームーン帝国の皇太子が何か舞踏会で起こそうと考えていたなら、帝国魔術師であるストリアの独断行動は、計画を狂わすものだったはずだ。ストリアが考えたような大事にならなかったが、警戒態勢は強まることになった。俺は舞踏会そっちのけで警備に回ったぐらいだ」
まさにアンディの言う通りだ。だからこそ、無事に終えることが出来たと思う。
「つまりこれまでの警戒レベルは五段階の最高レベルの五だったのが、それを上回る十にまで引き上げられた。そんな状況で計画を遂行するのはリスキーだ。だから舞踏会で計画していたことは断念するかもしれない……そういう考えも俺の中ではあった。それは宰相のマクラーレンも同じだったということだ」
二人して切れ者だわ……。その可能性までは考えていなかった。
何か起きるかもしれないと構えていた。
「何か起きるかもしれない――その姿勢で臨んだことが正解だよ。気を抜けば見落としが出てくる。仕掛けてくると考えた方が緊張感を保てるだろう? だから宰相のマクラーレンも俺も、『何も起きないかもしれない』という可能性は、あえて口に出さなかった」
「なるほど……。そうなると今回のこの結果に誰も文句はないのね」
「当然だよ。陛下も皆の頑張りに、報奨金を出すと言っていたから」
そこで私はアンディに尋ねることになる。
「晩餐会の毒の件。あれもブルームーン帝国の皇太子が仕組んだことなのかしら?」
「それはまだ分からないが、可能性はゼロではない。でも鐘の事件なんて、まったくのノーマークの聖職者が犯人だった。晩餐会の毒事件とは全くの無関係だ。つまり今、この王都には様々な理由で事件を犯す可能性がある者が大勢いるということ。だから毒事件も、皇太子が裏で糸を引いている可能性もあれば、そうではないかもしれない」
「現時点ではまだ断定できないわけね」
「そうなる」と答えた後、アンディが私をぎゅっと抱きしめる。
「そろそろ完全に夜明けだ。今日は国としての建国祭は最終日。昼間はガーデンティーパーティー、夜は花火の打ち上げだ。この二つが無事終われば……」
そこでアンディが笑顔になる。
「一週間の休暇をもらえることになった。森の家へ行ってのんびり過ごそう……あ、もし演劇やオペラを観たかったら」
「アンディ。私はアンディと二人きりで過ごしたいわ。演劇やオペラよりも」
「ナタリー……!」
しばしの二人きりの甘い時間を過ごすことが出来た。
パールとブラウンが爆睡中で良かった……!
























































