プロローグ
「国王陛下が決めたとはいえ、お前のような……」
「殿下、お待ちください!」
「き、貴様、わたしの話の腰を折るのか!?」
王道にふさわしい金髪碧眼の王太子が、眉をくいっとあげた。
でも言うならチャンスは今しかない。
「婚約破棄で構いません! 殿下がそちらにいるリリィ様を愛されていることは分かっています。どうぞ、私とは別れ、そのリリィ様とお幸せになってくださいませ」
私の言葉に王太子の顔はみるみる間に青ざめた。
◇
「目覚めたか、お嬢ちゃん」
爽やかな声が聞こえ、声を投影したかのような、これまた清々しい顔立ちの青年が目に飛び込んできた。髪の色はアイスブルー、瞳はラピスラズリ。鼻梁が通り、薄紅色の綺麗な形の口をしている。肌艶も良く、目覚めた瞬間に拝める顔としては、最高のものだった。しかし。
「とりあえず、背中の傷の治癒。あとは寝間着。それと3日間の看病。その代金として、お嬢ちゃんがつけていたネックレス、これは俺がいただくから」
見た目は……とんでもなく美しいのに、心は悪魔ですか!?
驚くと同時に起き上がり、自分の周囲に沢山のモフモフがいることに気が付く。
真っ白な子ウサギ、子犬、子猫。キャラメル色の小ぎつね、子りす。
「か、可愛い……」
目の前のイケメン青年の暴言が頭から吹き飛び、すぐそばの子ウサギを抱きしめる。
暴れることなく、私に大人しく抱かれている子ウサギだったのに。
「3分。3分でキャベツ1枚だからな」
真っ白でつぶらな瞳をした愛くるしい子ウサギが人間の言葉を話した。
しかも。
キャベツを寄越せと要求された……!
◇
目覚めた瞬間から、金品を、人間のみならず、動物からも要求され、かなり混乱した。状況を理解するための説明は、昼食をとりながらとなったわけですが。その昼食を食べたいのなら。支度をしろと言われた。あの、美貌のイケメンに。
文句を言いたいところだったけれど。
お腹が……猛烈に空いていた。
そして私は由緒正しき伯爵令嬢だったものの。
前世の記憶持ちの転生者だったので。
炊事をすることの抵抗感はなく。だから、昼食を用意した。
美貌のイケメンと沢山のモフモフ達のランチを。
途中、先程の子ウサギ、その名もパールから「キャベツを1枚先に寄越せ」と言われながらも。
「へぇー。どう見たって貴族のお嬢ちゃんだったのに。こんなに料理を作れるのか」
テーブルに並べた料理を見て、美貌のイケメンは目を輝かせた。
普通にその表情は。
拝みたくなる美しさ。
「でもな。料理ってのは、見た目では満たされない。重要なのは味。この見た目で、味が最低だったら、興ざめだからな」
今の言葉に対し、私は思う。
この美貌で口が悪くなければ完璧なのに、と。
「……それはご自身でご確認ください」
キッパリ私が言い切ると。美貌のイケメンは、まずは豆のサラダに手を伸ばす。
豆のサラダ。
というか、豆。
豆はこの世界では定番中の定番!
え、どんな世界かって?
それは……。
私が今いる世界は、驚くことなかれ、乙女ゲームの世界。
多くの時間とお金を費やした(つまりは課金した)、西洋中世風の世界を舞台にした『愛され姫は誰のもの?』という乙女ゲーの世界に、気が付けば私は転生していた。
前世ではアラサー女子で仕事人間。とてもモテる要素はなかったので、生きていくためにお金を稼ぐ必要があり、必死に働いていたのに。真面目に生きて、唯一の息抜きが『愛され姫は誰のもの?』という乙女ゲーム。慎ましやかに生きていた。それがまさか事故死するなんて……。
でも、大好きな『愛され姫は誰のもの?』の世界に転生できた。そこは悪くないと思えたけれど。残念なことに、こういう転生ではお決まりの、悪役令嬢に転生していたわけで。無論、ヤバ過ぎる断罪が待つ悪役令嬢、その名もナタリー・ミラーに。
ナタリー・ミラーは乙女ゲームの定番通りの美貌の令嬢。とにかくスタイル抜群で世の男性の夢がつまった体をしている。でもって髪は見事に波打つブロンド。瞳の色はワイン色。唇と頬は薔薇色で、本当に美しい。でも……悪役令嬢なんですよねぇ。
自分が悪役令嬢であると気づいたのは、10歳の時。断罪されるのは18歳。ヒロインがどの攻略対象を選ぶかで、私の断罪内容も変わる。でも悪役令嬢あるあるの断罪場面が、私を確実に待ち受けているわけで……!
当然、そんな事態、回避したい。
まず悪役令嬢ナタリーは、ヒロインの攻略対象となる王太子の婚約者。そこからフラグを折ろうとしたところ。王太子との婚約は5歳の時に決まっていた。既に婚約済。ならばと婚約破棄を目論むも、ことごとく失敗してしまう。そうこうしているうちにヒロインも登場してしまい……。
『愛され姫は誰のもの?』のは、良家の子女が通う学園が舞台。ヒロインの攻略対象は、スチュ王太子、ミラー伯爵家の嫡男と次男、学園の教師、隣国の第二王子の五人。で、このゲームの恐ろしいところ。それは隣国の王子以外は、すべて悪役令嬢の関係者!
王太子は婚約者。ミラー伯爵家の嫡男と次男とは、悪役令嬢の兄と弟。学園の教師は年の離れたいとこ。でもってヒロインというのは、平民なんだけどむちゃくちゃ頭が良いということで、特待生として入学してくる。
で、私こと悪役令嬢ナタリーは「平民と貴族が結ばれるなんて~」とヒロインの邪魔をするわけ。邪魔……というのは熾烈な嫌がらせ。隣国の王子をヒロインが攻略対象に選んだ時は、比較的嫌がらせも緩いけど。それ以外はもう……ヒドイものでしたよ。プレイしている時にやられる側だったけど。
もちろん、私は悪役令嬢になりたくないので、嫌がらせを一切しなかった。でもね、嫌がらせをしたことになっていたのです。なぜだか分からないのだけど。でも思い起こせば回避行動もことごとく失敗している。
ゲームの見えざる力が働いたのかなー。だって私が断罪されないと、ヒロインがハッピーエンドを迎えられないから。
でもって今回、ヒロインが攻略する相手として選んだのは、王道の王太子。そう、だから婚約者であるスチュ王太子から婚約破棄を宣言されることが決定。もう分かっている。彼が言う言葉、そのすべてを。それを黙って聞くなんて……耐えられない! 回避行動は成功しない。そしてもう断罪されるしかない。ないないづくしであると分かったから――。
そう。
私から婚約破棄で構わないと告げた。
もう窮鼠猫を嚙む。最後に一矢報いる。みたいな感じで。
こちらから婚約破棄すれば、断罪にはならないかもしれない。
国外追放にはならないのでは?と思ってしまった。
この禁じ手とも言える行為を遂行した結果――。
ゲームでは描かれなかった熾烈な断罪を受けることになる。
スチュ王太子に断罪された場合。
婚約破棄と国外追放だけだった。
ところが。
今回、私から婚約破棄を宣言したことが不敬罪に当たるとされ、鞭打ちされ、国境まで連行された。そして国境に広がる河に、突き落とされ……。
鞭打ちされた時の壮絶な痛み。
思い出すだけで震えが走り、鳥肌が立つ。
ただ、脳というのは便利にできていて。
痛みを忘れさせてくれる。
女性が出産という激痛を耐え、再び妊娠できるのも、この脳のメカニズムのおかげ。
そうではあっても。
河に突き落とされた時は……死んだかと思った。
でも……。
「お前……すごいな。どれも美味い。このスープも。この肉の味付けも。パンだって昨日のパンなのに、ふっくらとしている。まさか魔法を使えるのか?」
どうやら目の前の美貌のイケメンに助けられたようです。
お読みいただきありがとうございます!
初めましての読者様、一番星キラリと申します。
これからよろしくお願いいたします。
常連の読者様。またお会いできて嬉しいです。
いつも本当にありがとうございます☆
さて。禁じ手を遂行し、シナリオにはない断罪を受けたナタリー。
この後、ナタリーを待ち受ける運命とは……!?
訳ありイケメン、頼れる兄貴、モフモフに囲まれ、時にキュンとして切なく、そして楽しくスローライフの日常かと思いきや! 突如起こる事件の数々。
ぜひ最後まで一気に駆け抜けてください(笑)
なお、ブックマーク、誤字脱字報告、感想、評価などの応援は大歓迎です~
それでは物語をお楽しみくださいませ。