少年のポストアポカリプス
朝6時30頃僕は朝ご飯の用意をし、僕はお母さんを起こしに行く。
途中背を測る為に印をつけた柱で背を確認するのを忘れない。
131cm。1cm伸びているみたい!少し嬉しい。
朝ご飯と言っても豊かだった昔とは違い、今は食料も少ないので乾パンを1缶押し入れから取り出しそれをお皿に盛り付ける。
乾パンだけなので見栄えは良くないけれどそれしかないから仕方ない。
お母さんの為のお肉を出す事も忘れない。
本当は昔みたいに食パンを焼いたり、サラダを作ったりしたいのだけど卵もないし、サラダに出来る野菜もない。
あるとしたら食べ飽きた乾パンと僕の母親が持ってくるブロック状に切り分けられた謎のお肉だ。
謎のお肉は何処から取ってきたのか一度聞こうとして見たけどお母さんがものすごく怖い笑顔をこちらに向けてきたのでそれ以降お母さんが持ってきてくれるものの出所について聞くのは止めた。
食べても大丈夫な物だからお母さんが持ってくるんだろうけどそれでも謎肉を食べるのは少し怖い。
少しでも早く大きく立派になる為に我慢して食べるんだけどね。
この前お母さんが取ってきてくれた野菜の苗たちが順調に育ってきているからいつかはまたサラダを朝ご飯に出す事ができるかもしれないけれど今はまだ出来ないので少し我慢だ。
いつか僕が育てた野菜をお母さんに食べてもらうんだ!
そんな事を考えながら朝ご飯の準備を終えた僕はお母さんが寝ている2階の寝室に起こしに向かう。
お母さんは今日もベッドに横たわり、ぐっすり眠っている。
ベットに広がるお母さんの髪は黒いが、時折髪先が熱されたように赤く点滅する。
‥前よりも点滅する範囲が広がっているような気がするけど多分気のせいだと自分に言い聞かせる。
僕のお母さんは100人居たら100人が振り向くような見た目をしていて美人な人だと近所でも有名だった。
儚い系?だと近所のお兄ちゃんが言っていたのを覚えている。
それをお父さんに言ったら「中身は猿だけどな」と言っていたっけ?
おっとりとしていて少し天然なところもあるお母さんは所々抜けているところがあるが優しく僕の事を一番に考えてくれる。
僕はそんなお母さんが大好きだ。お父さんもきっとお母さんのそう言う所が好きだったんだろうな。
「お母さん早くしないと先にご飯食べちゃうよ?」
そう声をかけてもお母さんはピクリともしない。
いつも通り寝ているお母さんは揺すっても声をかけても起きない。
はぁ…やっぱり起きないか、仕方ないな。
僕は持ってきた乾パンを一つお母さんの口元に運ぶ。
唇の上に置いた瞬間口は開き、乾パンは口の中に吸い込まれていく。
口の中でもぐもぐと咀嚼し、食べ物が喉を通るとお母さんは目を覚ます。
「おはよう~!やっぱり乾パンは美味しいね~」
いつもの事だけどお母さんは何か食事をとらないと起きれない。
本人曰く「火は燃料がないと燃えないでしょ?」とのことだ。
「ふぁ~あ良く寝た~おはよう!今日もいい天気だね。」
お母さんの顔色は良く、今日も元気が良さそうだ。晴れだからかな?
「外見なくて良くわかるね?もしかして調子が良いの?」
「うん!なんか力が溢れて来るんだよね~ほら見て!」
お母さんはそう言うと手から炎を出す。それは勢いよく天井まで伸びて天井を少し焦がした。
無機物が燃える臭い匂いが部屋一面に漂った。
天気が晴れだとお母さんの調子は絶好調になる。力が体から溢れるそうだ。
なので今日みたいに天井を焦がすことが良くあるのだ。
見慣れた光景だが、毎回鼻を衝く匂いには慣れないんだよね。ほんと臭いんだから。
「あっごめん!また焦がしちゃった。」
天井は黒く焦げ、寝室には天井が燃えたせいで出た嫌な匂いが立ち込めている。
「また寝起きに力を使うからそうなるんだよ・・全くこれで何回目だと思っているの?」
不器用でちょっと天然なところのあるお母さんは良く物を焦がす。
力の扱いに慣れるまでは沢山色々な物を焦がしていたっけ。
制御ができるようになった今では昔の事のように懐かしいものだ。
お母さんはある日外から帰ってくると体から炎が出せるようになっていた。
赤く光るクリスタルの様な物を触ったら炎が体から出るようになったらしい。
お母さん火を扱えるようになっちゃったよ?スーパーマンみたいだね!と笑いながら火の玉を家の中で飛ばして遊んでいたお母さんをみて何故神はこの人にこんな力を与えたのかと思った事を覚えている。
お母さんスーパーマンは火を飛ばさないよ、と冷静に突っ込んだことは記憶に新しい。
その日を境にお母さんの体は少しづつ変わり始めていった。
天気がいい日は火の火力が上がったり、10階建てのビルの上から落ちても無事着地できる程体が丈夫になったりした。
少しづつ変わる自分の体にお母さんが狼狽え、恐怖を抱いていた事を僕は知っている。
良いことばかりではなく、エネルギーを取らないと起きる事が出来なくなったり、人よりもご飯を食べる量が多くなったりしていった。
少しづつ変わっていくお母さんを見ると不安になってしまうけどその気持ちには蓋をして今の生活を精一杯楽しんでいく。
もし僕がお母さんが変わっていく姿に不安を感じている事がわかったらきっとお母さんは悲しむだろう。
だから、僕は不安なんて感じていないふりをする。凄いといって心配をしないふりをする。
何時か死ぬ時が来るまで楽しめればそれでいいのだ。
「ご飯の支度出来ているから早く食べるよ」
眠い目をこすりながら移動するお母さんの腕を引っ張って、リビングの食卓まで案内する。
椅子に座って貰ってから、僕は冷蔵庫にある麦茶を取り出し、コップに注ぐ。
お父さんが用意してくれていた発電機のおかげで今日も冷たい麦茶が飲める。
「「いただきます!!」」
ぱさぱさで美味しくもない乾パンを食べながらお母さんの話を聞く。
今日は何処に行くとか、何時頃に帰ってくるつもりとか色々な話をするけれど僕はいつもこの話は全然聞いていない。
だって何時に帰るとか聞いてもどうせお母さんに何かあって遅れてしまう。
初めての外出の時にお母さんが2時間遅れて帰ってきた時から外に出たら時間通りに帰ってくることは無いと思い知ったのだ。
時間通りに帰ってこないお母さんに怒って、顔を膨らませながらお帰りと言おうと振り向いた僕は凍り付いた。
血塗れになりながらも帰って来たお母さんが「本当に遅くなってごめんね。心配だったよね」と辛そうな顔をしながら言った時から僕はお母さんが予定通りに帰ってこなくても無事ならそれでいいのだと考えるようにしたのだ。
今日は何時間遅れて帰ってくるだろう?そして無事に帰ってきますように。
そんな事を考えているとご飯は食べ終わってしまう。
僕は食器を片付けてお母さんが外に出る為の準備を手伝う。
準備を整えて忘れ物の確認や火を勢いよく出す練習を庭でした後、お母さんを玄関まで見送る。
「じゃあ行ってくるね~良い子でお留守番してるんだよ~」
お母さんは玄関前で何時もそうやって笑顔で笑う。
…多分僕を心配させないように笑顔をわざと作っているのだろうと思う。
その証拠にお母さんはいつも外に出る前に足が震えている。
きっと本当は化け物が沢山居る外には行きたくないのだと思う。
一つのミスで怪物達に惨たらしく殺される世界なんだから怖いのは当たり前だ。
でも僕の為、僕に食べ物を食べさせるために食料を探しに向かってくれるのだ。
本当は一緒に行きたいんだけど僕には特別な力もないし大きくもない。
一緒に行っても肉壁にすらならないだろう。
直ぐに死んでしまうかお母さんの足を引っ張って二人で死ぬかだ。
だから僕はこの言葉と共にお母さんを外の世界という死地に送り込む。
「いってらっしゃい!お母さん…気を付けてね!!」
バタンという音と共にドアが閉じる。
「はぁ…僕はこんな自分が嫌になるよ。」
自分の無力さを噛み締める。何もできずただ家にいて自分の無力さを嘆くこと。
これが僕の毎朝行うことだ。
夢を見た。
僕が見たこともない怪物に襲われて死んでしまい、おかあさんを一人残してしまう夢。
怪物の姿は靄が掛っていて見えないが、大きさは軽自動車くらいあり、とても大きいことが分かる。
僕の死体を胸に抱えて泣き崩れるお母さんに怪物が迫り、お母さんの頭に怪物の手が迫る。
お母さんの頭に怪物の手が触れる直前に目が覚めた。
・・・・本当に酷い悪夢だった。
いつものようにお母さんを見送った後、僕は庭に入って野菜に水をあげる。
食料を少しでも増やすためにお母さんが持ってきてくれた野菜たちは立派に実を付けて今日も元気に天に向かって伸びている。
「早く育って美味しいものを食べさせてね~」
そんな声を掛けつつ水をあげる。
水を浴びて美味しそうに輝く野菜たちはもうそろそろしたら食べれそうだ。
大きく元気に育ったそれを見ると少し嬉しい気持ちになる。
変わってしまった世界では普通の野菜はとても貴重だ。
化け物化していることも無く、腐っているわけでもない野菜は久しぶりだ。
これで久しぶりに心の底からお母さんの喜ぶ顔が見れそうだ。
「さて次の事をやらないと!」
そういえば洗濯物を干さないと行けなかったな~・・よし頑張ろう!
少年が庭から去った後、空から緑色に光る小さな綿毛のようなものがふわりと庭に落ちてきた。
それは点滅を繰り返し点滅が終わったと思うと地面の中に吸い込まれるように消えていった。
落ちたそれに少年が気付くことはなかった。
今日も何時ものようにお母さんを見送り、野菜たちに水をあげに行こうと庭に行くとトマトのプランターの前に緑色に光る小さな綿毛のようなモノがあった。
「何だろうこれ?昨日は確か無かったと思うんだけど不思議で綺麗なものだなぁ」
僕はその不思議な物体を右手の平に置き、左手で触ってみる。
それはふわふわしていてまるで蒲公英の綿毛に触れているみたいな触り心地だった。
久しぶりに触ったふわふわしているものに思わず夢中になってしまう。
「痛っ!!」
何かが左手の部分に刺さった。
それは注射を打たれた時の様な痛さで驚いて思わず、右手に乗せていた綿毛を落としてしまう。
落下した瞬間それは緑色の光を放ち、ボフッという音と共に綿毛のようなものを周囲にまき散らす。
なんだったんだろうこれ…
不思議なそれを見ていると、突然「ピンポ―ン」という音が聞こえた。
誰かが来たみたい。…でも誰が来たんだろ?お母さんは鍵があるから鳴らさないはず。
誰かが来たと認識した瞬間自分の意志とは別に体は玄関の方に動いていく。
…えっどうして?どうして体が動いていくの??
僕は必死に体を止めようとするけれど体は止まらず、玄関に向かって歩いていく。
自分の意志とは違い、勝手に動く体は玄関のドア前まで行き、鍵を開けてドアを開く。
開いたドアの先には僕と同じくらいの背の男の子が居た。
その男の子は体中傷だらけで服も汚れていて裸足だった。
顔を見ると口は半開きで血を流し、目は左右とも逆の方向を向いていた。
その顔を見た瞬間この子はもう生きてない、死体を何かが操っているのだと直感的にわかった。
「お邪魔しま~す。招かれないと家に入れないとか本当に厄介だね。この家作った人は本当に凄いや!」
男の子の姿をした怪物は喜びながらリビングの方へと駆けていった。
それを追いかけようとして体が自由に動くことに気付いた。
それにしてもどうしよう。どうやって追い出そう?
今はいないお父さんが僕と僕のお母さんの為に作ってくれた家だ。
早く追い出さないと・・お母さんと一緒にこの家に居られなくなる。必死で走ってリビングに向かう。
リビングに付くと彼はソファに座っていた。
「ここは居心地がいいね~不思議なバリアのお陰で名前付きの化け物たちもここなら来ないだろうし?ここでなら安全に増えることが出来そうだね」
ここはもう自分の居場所だと言わんばかりの言葉に僕は思わず声を返した。
「ここは僕とお母さんの家だぞ!お前みたいな化け物は帰れ!」
そう言うと男の子はおかしいものを見たかのような顔をしてこちらに何かを言った。
「――――ッ」
少年が良くわからない言葉を発した瞬間、僕の体は冷たい床の上に倒れ込む。
立とうと脳が指令を出しても体は言うことを聞かず、崩れたまま。
まるで僕の体の支配権が目の前の少年に取られたように体は動かない。
僕の方へ1歩ずつ近づいてくる少年の皮を被った怪物。それは僕の頭の部分に向けて手のひらを伸ばしてきている。
本能的に僕は察した。その手のひらが僕に触れた瞬間僕は僕じゃなくなり死ぬと。
体は動かないから抵抗は出来ないし、お母さんはまだ時間的に帰って来る事はない。
確実に僕はここで死ぬ。
この少年の姿をした怪物に食われるか乗っ取られるか分からないけれど今この場で死ぬのだ。
その事実は以外にも自分の中にスッと入り、受け入れられた。
……悲しいけれどいつか来るとわかっていた事だ。
人は死から逃げることは出来ない。いつか来る死に怯えながら生きるしかない。
地震や事故、病気等の普通の死に方が得体の知れない怪物に殺されるに変わっただけだ。
迫ってくる死を目の前に僕は変わった世界を生き抜いた日々を思い出す。
壊れて狂ってしまった世界から日常を取り戻そうとした楽しかった日々を。
変質した世界で生きた記憶が死の間際になって一気に頭の中を駆け上がってきた。
手のひらが顔に触れたと感じた瞬間、僕の体から何かが急に育っていく感覚に襲われる。
育っていく何かに体の中が圧迫され、強烈な痛みが体中に走る。
「…明日からお母さんを起こせないのは悲しいな。」
痛みで薄れゆく意識の中僕が最後に思ったのはお母さんの事だった。
Side母親
猛さんの言っていた事は現実になったのね。
屋根の上から荒廃した世界を見下ろしながら私は一人溜息を吐く。
売店から持ってきた煙草に指に灯した火で火を付けて口に咥える。
売店はボロボロになっていたけれど探していたら一つだけあった煙草だ。
「苦っ…やっぱり私には合わないわね」
煙を口から吐き出す。猛さんが好きだった銘柄だが私には煙草の良さが分からない。
子供が居るんだから止めてよと言ったら直ぐに止めてくれたっけ。
もう戻らない日々の事を考えると胸に石が詰まったかのように辛くなる。
親子3人で過ごす日々は毎日楽しくて幸せだった。
…なんで勝手に決めちゃったのよ。未来が見えるからって全て自分で決めることなかったじゃない。
猛さんは未來を変えないと世界は酷い運命を辿るといって一生懸命に色んな場所に行っていたっけ?
結局私達を残して一人で死んでいったんだからあの人は本当にバカだったわ。
残してくれたものは招かれないと入れないという不思議な力を持った家と多額のお金だ。
結局猛さんが見た最悪な未来が変わったのかなんて私には分からない。
分からないけれど今の現実を見ると未来を変えることは出来なかったんだと私は思うのだ。
ああっ思い出すとイライラしてくる。別の事を考えよっと。
「あそこのお宅は可愛い赤ちゃんが居て幸せそうな家族だったわね。若い夫婦でラブラブな姿をみて私達も恥ずかしくなったっけ?」
巨大な何かに潰されたかのようにぐちゃぐちゃになった家を見て昔を思い出す。
平和だった頃の事を。
8月31日その日、世界は変わってしまった。
世界中にこの世の理から外れた生物が溢れ始めてから1か月。
始めの2週間は聞こえて居た無線機からの声はもう聞こえなくなった。
多分無線を送っていた人が死んだのだろう。それか絶望して自殺したか。
どちらにしろこの世界ではよくある話だ。
変わってしまった世界は弱者に冷たい。
この世界で生きるくらいなら死んだ方が楽になれるくらいには非情で残酷だ。
私ももし力を得てなければ死ぬよりも辛い目に会う前に…と心中を考えていただろう。
…変なものに殺されるくらいなら翼と一緒に自ら命を絶った方がいいと思っていたけれど、やっぱり生きていればいいことはあるものね。
我が子の可愛い寝顔を見れたり、美味しくない物を食べたときに顰めた時の顔とか、野菜が育って喜ぶ姿とか。
翼はあまり表情が動かないタイプだけど嬉しい事があった時は分かりやすく表情が動くのよね。
そのギャップから近所でも人気だったっけ?我が子ながら人気過ぎて辛かったわ~
「息子の笑顔だけでお母さんご飯30杯はいける!」といったら滅茶苦茶冷めた目で見られたのよね~~
あ~あの時の顔も可愛かったな~
明日はどんな幸せが待っているんだろうか?と期待しながらこの絶望に満ちた世界を生きていく。
死んだらそれらは二度と見れないからだ。
そんな事を思っていると携帯のアラームが鳴る。もう帰る時間だ。
「よし!愛する我が子の元へ今帰ろっと待っててね~」
世界の事を考えるのは止めて今は愛する息子の待つ家へ帰る。
勿論さっき獲った2メートル近いキノコが頭に付いたイノシシを持っていく事は忘れない。
あっこれどうやって持って帰ろう?まあいいや。
美味しそうなキノコの部分とお腹の肉を持ち帰ろうっと!
「きょ~うは牡丹鍋~♪」
悲惨な現状から目を背ける為に私は息子と遊び、楽しく過ごす。
それがいつか終わるとしても終わりまで私は息子と幸せに生きていく。
あの日にそう決めたのだ。
この時私は家で待つ未来を知らなかった。
私が望んだことはこの世界では難しいことだったのかな。
ただ今までと同じ日常を愛する息子と送りたいという願いは叶わなかった。
昔と同じくらい平和に生きて昔と同じくらい楽しく過ごしたかったのに。
「ああ…なんでどうして…どうしてあんたはここに居て翼は倒れているのよ!」
顔が蠢くキノコで包まれた息子を抱き上げながら私はそれと対峙する。
猛さんが作ってくれたこの家は安全な場所だったはずだ。
私達に危害を加えるような存在は絶対に入れないようになっていると猛さんは言っていた。
なのに何故この怪物は我が家に居るのだろう?
「何故私がここに居られるか不思議でしょ?簡単ですよ。私は胞子を飛ばしてその胞子で君の息子を操り、私本体を招かせたのですよ。招かれたら入るしかありませんからねぇ?さて増える準備を始めましょうか」
少年の姿をした怪物がそう言い、手を叩いた瞬間体が急速に膨れ始める。
体中の肉を内側から食い破り、それは形を露にする。
さっきまで少年の姿をしていたそれは巨大なキノコが腹部を突き破って出てきた恐るべき異形と化していた。
少年の体を突き破って出てきたと思われる黄色く発光するキノコは血で濡れていてその色を血で汚している。
人であった残滓である腕や足はキノコで埋もれ、少し見える体の部位は剝き出しの筋肉組織や臓器などで見るに堪えない状態になっている。
腹部から飛び出した黄色く発光するキノコがぶるぶると震え、光の粉が舞う。
その光の粉は瞬く間に部屋に広がり、その光の粉に当たった場所には見たこともない色とりどりの光るキノコが蠢きながら急速に増殖していく。
10秒もかからずに部屋全体に広がったそれは床が見えなくなるほど広がり、私と息子の周りを取り囲んでいく。
笠の部分に一本線が入ったと思ったらそれは開き、人間の口に似たものが出来る。
それの鋭い歯は人を食い殺す為にあるかのように歯をカチカチと鳴らして餌を待っている。
「さてどうしましょうか?あなたはどんな風に死にたいですか?」
『『どう死にたい?どう死にたい?キャハハハ』』
数えきれない声の茸が続けてそう言う。
一つ一つ違う声を出すキノコ達の声に恐れを感じ、圧倒される。
こんな化け物は私でも相手したことはない。こんなに悍ましく恐ろしいものは初めてだ。
怖い。恐ろしい。悍ましい。逃げたい!逃げたい!!にげたi
「・・お・・か・・あ・・さん」
私の膝の上から聞こえたその声に冷や水をかけられたように冷静になる。
顔を下に向けると膝の上にあったキノコに埋もれた顔から僅かに開いた目と目が合う。
そうだ・・ここには翼がいる。この魔物を倒せば翼のこの顔も治るかもしれない。
早く倒さなければ…翼の為に。
「待っててね…翼今から燃やしてくるからね。そしたら今日は暖かい牡丹鍋を食べようね!」
翼の頭をそっと床の上に置き、体全体を炎の繭で包み込む。
触れるもの全てを焼く炎の繭、これでもう茸の化け物は翼に触れらない。
私は自分の周りの茸を燃やして怪物の方に向かう。
『あ“つ”い“あ”つ“い”あ“あ”あ“あ”あ“あ”』
燃えた茸達は断末魔を響かせる。
燃えた茸から広がった炎は部屋に燃え移りその火を強くしていく。
家にも火が回るが翼の命よりも大事な物なんてない。
「確か人間は発火なんて出来ない筈ですが…貴方さては混ざり者ですね?火を使う魔物と言ったらウィスプや火の精そこらへんでしょうか?まあいいかどうせその子みたいに殺すだけですしね?」
ミチミチと人体から出してはいけない音を出しながら茸の化け物はその悍ましい体を変形させる。
僅かに残った人で有った証である茸に埋もれた腕や足は軸に完全に飲み込まれ、その体を水色の巨大な茸へと変えていく。
血管の様な物が浮き上がり笠と軸の間に捕食する為に作られたと思われる歪な口の様な物を作り上げ、悍ましい茸の怪物の変化は終わる。
完全に茸の化け物に換わったそれは笠から水色の胞子を吹き出し、部屋中にまき散らす。
それが火に当たった瞬間火はまるで空気を奪われたかのように急速に小さくなり、鎮火する。
先程迄燃えていた茸達もそれに呼応するかのように色を変え、その身を燃やしていた火を鎮火する。
『残念ザンネンクソ炎女はここで死ぬ~~アハハハ~』
品の無い五月蠅い声たちが響く。
顔を顰めながらも私は体に火を灯しその火を元に炎の甲冑と刀を創り出す。
翼と一緒に考えた装備で作るのにとても苦労したっけ?。本当に懐かしいものだ。
最初は切れ味が悪い鈍らだった刀を鋭く焼き切るように作るという難題には二人で頭を抱えた。
火で出来た甲冑にはじかれ、胞子は体から生えることはない。
胞子が効かないとわかった茸の化け物は猛スピードでこちらに近寄ってきて巨大な口で噛みつこうとしてくる。
それを回避しながら私は考える。
…さてどうしようか?このでかい茸の化け物をどうやって倒すべきか私は考える。
取り敢えず斬って見るか。
巨大なキノコに向かって刀を振るう。
狙いは軸にある口。
口から真っ二つに焼き切れたが直ぐに傷口が盛り上がり、元通りになってしまう。
「僕には直接攻撃なんて聞きませんよぉ~早く苗床になりましょうよ!息子さんと一緒にね!!」
体を使い、押しつぶそうとしてくるのを避けながら化け物の倒し方を考える。
燃やす?もう効かない。斬る?試したけど無理。
飛んできた胞子を避けながらも焦る。
早く倒さないと翼の顔の茸が増殖して翼を飲み込んでしまう。
着地した胞子が爆発してるのを見ながら焦るが脳は思うように動かない。
多分酸素が回ってないんだろう。動かない脳を必死で動かしていると私の脳は一つの解答を出す。
これをしてしまうと私が無事で済むかは分からない。下手したら目の前の怪物のように異形な存在になってしまうかもしれない。
それでも翼が助かるなら…私はどうなってもいい!!
決意した私は炎の温度を上げ始める。
自分で操作できる炎の温度の限界ぎりぎりまで上げていくと体の中にある何かがざわつく感覚に襲われる。
自分の中の何かが大きくなる感覚には目を瞑り翼を守る為、救う為に体を燃やしながら温度を上げていく。
体を守る為の甲冑や刀を消し、自分の体に高熱の火を灯す。
身を焦がしながら炎は近くのものに引火しながら広がっていく。
猛さんで集めていたプラモデルやみんなで見た映画のポスター。大切な思い出達が火の中に消えていく。
宙を舞っていた胞子に炎が引火して燃える。
赤かった炎はその色を青色に変え、激しく燃え始め、燃えていなかった胞子とキノコを燃やし始める。
先程まで燃えなかった胞子が燃える光景を見た怪物は対抗するかのように燃えた分を補充しつつ怪物は火を消そうと炎を潰して空気を失くそうとするがそれも燃える。
「あらら~この家欲しかったんだけどなぁ~こうなっちゃったら全部パーだよ!ただストック減らしただけとか最悪だよ!!まあ仕方ないか」
怪物はそう言った直後抵抗を止めた。
爆発的に増えていたその菌で出来た体は増えることを止め、増えることのなくなった体には直ぐに火が回りその体積を減らしていく。
火達磨になった怪物は直ぐに燃え尽き、炭となって崩れ落ちた。
タンパク質が燃える匂いが鼻に来る。
臭い匂いに鼻を摘まみながら炭化した皮膚を摩ると新しい皮膚が見えだし直ぐに元通りになった。
役目を果たした炎の繭は空に溶けるように消えていく。
勿論、繭の中のつばさには火傷跡は無い。
翼の顔を覆っていたキノコはその姿を変えていた。
頭部はもう翼の面影を失くし怪物のキノコのようになってしまっていた。
「ほらもう怖いものは消えたからね。大丈夫だよ?さ~て今日の晩御飯は何を食べよっか?久々に猪肉もあるし今日は牡丹鍋にしようかな。楽しみだね翼!」
私は変わってしまった翼にそう声をかける。
…翼は声をかけても返事をしない。
「・・・・」
私は大事な息子を抱きしめ、改めて誓う。
「翼ずっと一緒だからね。」
動かない筈の翼の腕が私の肩に触れた。