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男子高校生✿裏垢女子やってます。  作者: 甘夏
【第四章】アリスインワンダーランド 下
46/50

第45話 裏垢女子は潮時をわきまえている。

「ごめんねー。お待たせ!」

「あ、ウサちゃんセンパイこっちっすよー」


 俺とシロちゃんが待ち合わせの場所に着いたとき、そのスタジオスターズレストランのテーブル席にはすでに、有栖扮した加恋とチェシャちゃんと市河の三人組がいた。


 円形のドーム状の建物のなか、時間帯もあってか人が込み合っていて、チェシャちゃんの手引きはとてもたすかった。


 ほどなくして榊……リョウと、汐里も合流し、パークに入場して以来の集合となったのだけど。

 汐里と腕を組みながら、まんざらでもなさそうなリョウの表情は、二人がうまくいっていることを示していたし。

 

 その後の食事の間も二人の距離感には恋人同士のそれを思わせるシーンが随所にみられた。


 たとえば、互いの料理を交換しあったり? 

 スマホで2ショットを撮ったり?


「お前ら、だいぶ浮かれてんな。素直にうらやましーぞ、この野郎」


 市河の発言は的を得ていたし、二人を除く全員の総意だったと思う。

 とはいえ……その熱に一番あてられていたのは、心ここにあらずでぽんこつぶりを発揮していた有栖……、俺の妹なんだろうけど。


「ほら、こぼしてるよ?」

「……へ? え? あ……!」


 フォークから零れたハンバーグの一かけが、そのソースとともに服の上に落ちる。それは彼女の着る衣服に小さなシミを残した。


「あ。ごめん……《《汚しちゃった》》」

「トイレで軽く落としてきたら? あっちにあるし、あ。私ついていくよ」

「う、うん。ごめんね迷惑かけて」

「いいのいいの! ちょっと、話たいこともあるしね」


 そう言って、シロちゃんは加恋をつれだって席をたつ。シロちゃんは俺にたいして、目配せ……アイコンタクトを残して去っていった。


 アイコンタクト、サッカーではよく使われるコミュニケーションなんだけど、パスの要求。シロちゃんは、俺からのどんなボールを欲しているのか。


「《《今日の》》有栖さんは、いつも以上に慌ただしいな」

「せやなー。でも抜けがある感じでちょうどええんちゃう?」


 リョウはそれが加恋であるとわかってての発言で、それを受けての汐里は知らずの言葉かな。


「俺は――、今日の有栖さん好きだな」

「お前はもともと好きだったろ?」

「そうなんだけど……。なんか、なんだろな。いつもと違う気がする。完璧じゃない感じがいつもより……かわいいっつーか」


 市河とリョウの会話なんだけど。

(ホンモノの有栖としては……ちょっと複雑なんだけど?)

 でも、つまりは市河の気持ちはそういうことだよね。


 終始にやついてるチェシャちゃんが俺の横腹をツンツン、と突いてくる。


「なに?」

「んー、なんもないっす! あ、センパイたちカップルはどうでしたかー?」

「ふつーにアトラクション楽しんで、蟻のアプリを二人で楽しんでた感じだけど」

「なんすかその蟻のアプリって」


 ここで、シロちゃんのダウンロードしたアプリの説明を少し挟みつつ……。二人が戻るのを待つ。

 ちなみにだけど、ほんとに加恋のぽんこつぶりはすごかった。


 違う列に並んでて一人だけ迷子になりかける。(シロちゃんが気づいて手招きした)

 飲み物を手渡す際に零す。(これは市河と手が触れたからだろうけど)

 

 いちばんは、一人称がたまに『加恋は――』になることなんだけど。

 

『あ……えっと、ごめん。加恋ってのは双子の妹でね……?』


 という暴露つき。


 チェシャちゃんにつっつかれなくても、シロちゃんの『どうするの?』と言わんばかりのアイコンタクトも。いらないくらいにわかってた。


――潮時だってこと。


 でも、俺自身驚いてる感情。

 そんなに不安じゃないし、それを悲観もしていない。

 なんとかなる! みたいな楽観でもなくて。


 思ったより自然。

 潮時って英語でhigh timeらしいけど。

 意味合いとしては決して窮地にあるってことじゃなくて。


 まさにハイタイム――すべき時がきたってことなんだよね。


 それまでがうまく乗り切れてきたからといって、次がそうとは限らないのだけど。ね?


『悪くはないけど……でも身バレこわいよ? クラスの子にいろいろ言われたよ?』

『少しでも危ない芽は摘んどいたほうが……とか思わない?』

 

(言われなくても、だよね)


 シロちゃんの置いていった大きなバックは、俺の足元にあって――。

 それは、まるで。

 鏡の国から抜け出すためのヴォーパルの剣に思えてならなくて。


「ちょっと、トイレ……いってくるよ」


 そう口にしたものの――

 席を立つ足が……足だけじゃなくて。

 手もふるえてる。


「あー。私も――ついて、いくっす」


 テーブルの下、まだ誰にも見えていないその震える指先にそっと触れる指。

 たったそれだけで、緩和されるもので。

 同じ裏垢女子からのフォローは、すごく安心をくれた。

 

――『可愛い』以上に大切なことなんて、わたし達にある?


 それはシロちゃんに『開き直り』って笑われた言葉なんだけどねー。その答えは『ない』だと思う。


「ほら、いくっすよ」

――有栖センパイ。


 そう小さく口にしたチェシャちゃんの声は、有栖わたしにはしっかり聞こえている。

 うん。いこう。さきに席をたった、白うさぎを追いかけに、ね。

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